ひとりごと



原因

2020年6月30日
原因1

 

         道路交通法が改正されて、「煽り運転」に厳しい罰則

         近年、煽り運転が原因での事件・事故が取りざたされて、国も動き

         道交法を改正し、罰則も厳しくなった。

         ただ、この「煽り運転」今後どうなるのか。

         中には、故意に急制動をして、注意しようと接近した場面を、切り抜き

         「煽り運転」とし、動画を拡散・・・・

         そんな事例もあるらしい。

         まぁ、「煽る」側が悪になるが、そこに(煽る)至るまでの経緯はどうなのか。

         二車線の幹線道路。右側は「追い越し車線」左側は「走行車線」

         並走して二台走行。前方はガラガラの交通量。後ろに目をやれば車が多数

         こんな状況でも、右側を走行する車は、左車線に入る兆し無し。

         相かわず後方は、多くの車。中には仕事で走り、時間に追われてる人も居て

         「イライラ」してる人も居る。

         そんな状況でも「我関せず」と、右車線を走行。

         どうします。こんな状況?要するに周囲の状況を把握しないでの運転者

         こんな運転をしていたら、「煽り」の対象になるでしょう。

         

         もう一例。

         右折レ-ンのある交差点。前方の車と意味無く車間距離をとる運転手

         その車間距離が、車1台分以上。その間隔を詰めれば、後方の車が

         右折レ-ンに進入できて、走行車線を塞がないから、渋滞も発生しない。

         これまた、周囲に注意を払わない運転手

         これまた「煽り」の対象者に・・・・

 

         そう、言い方は御幣が有るかもしれないが「煽られる側」にも、原因はある。

         煽り行為は、いけないが、それを誘発する人物も目にするよなぁ。

         携帯電話の「ながら運転」

         高齢者の過度なまでの「低速度運転」  

 

         要するに「煽り」の対象になりがちな運転をすることにも問題がある。

         そんな対象にならないような運転を心がけ、前後左右に注意を払い

         運転する事が肝心なのでは無かろうか。




お手製

2020年6月29日
お手製1

 

         規制が緩和されたら、また感染者が増加傾向。

         まぁ、人類は、感染症と太古の昔からの付き合い。

         感染し、抗体をえて、生き延びてきた。徐々に今回のウィルスの正体も明らかになり

         予防策も浸透し、各々が注意を払いながらの生活

         「もう、今までのような生活は出来ない」「新しい生活基準を・・・」そんな事を言うが

         今回の感染症も収束すれば、以前のような生活でも、問題は無いかと思うが

         なぜに「以前のような生活は、改めましょう」と言うのだろうか?

         非常に疑問に感じてしまう。

         まぁ、なんだかんだ言っても、今は濃厚接触を避ける事。

         そう言っても、避けきれない場面がある。そうなると、「防護」

         とある団体の受付カウンタ-に透明の板が設置されていた。

         古典的だが、この方法が一番効果ありらしい

         ただ、設置当初は、台の根元が、有り合わせの段ボ-ル箱などで

         高さを調整していた。これでは駄目でしょう~

         受付カウンタ-は、人に例えるならば「顔」なんだから、きちんとしないとね。

         そこで、お得意の「木」で足を作りました。

         「お幾らですか?」と聞かれても、そもそも、単にお節介で持っていったのだから

         御代は取れない。

         小さなことでも、人様のお役に立てれば、それで良いじゃないの。

         情けは人の為ならず。そんなところかなぁ・・・・・  




情報伝達

2020年6月26日
情報伝達1

 

        ある日、封筒が届いていた。

        このような生業は、一般家庭よりも、封書が届く頻度は多い。

        即時性の電子的書面も普及したが、まだまだ人の手を介在する配達での

        方法。

        「はて、請求書かな?」工務店の宛名だか、そのように思った。

        封を切り、中身を取りだし、広げると・・・・

        あたし個人の手紙だった。丁寧な文字で非常に読みやすい文字

        「あぁ、あの事でのお礼の手紙か・・・」

        読み進むうちに、あの時の出来事が鮮明に蘇る。

        21世紀。これだけ情報伝達の速度が速くなり、情報量も膨大になり

        便利になった世の中。

        手紙という、情報伝達方法。昨今の電子メ-ルと目的は同じだか

        「送り手」と「受け手」の感情は、どうだろうか?

        電子メ-ルでも、送り手の「想い」は通じるが、封書でのやり取りは、聊か

        「想い」が違う気がする。

        文字ですら、想いが感じられる(この点では、あたしは乱筆で、引け目を感じる)

        以前に、お会いした方(古典通信機器・蓄音機収集家)と話をしたときに

        その方の、所蔵品を見せてもらった時に、聞いた話が興味深い。

        その方、曰くだが、古典的通信機(モ-ルス信号)が発明されまでは、手紙・封書

        要するに、文字を介した情報伝達。

        この後に「モ-ルス信号」で、電力を使っての通信。これで大幅な時間の短縮が可能に

        なり、その後が、大きな発展で「声で相手と情報伝」要するに電話の出現。

        それと平行して開発発達した仕組みが「無線通信」

        その二つが融合した機器が「携帯電話」

        技術的な側面で見ると、「モ-ルス信号」から「電話通信」の革新は、非常に凄い事

        その事を考えると、今のスマホが「凄い・凄い」と言われてるが、「仕組み」で

        捉えると、然程の進化ではないらしい。

        機器としての技術革新は、賞賛に値するらしいが・・・・

        確かに、各々個人が手に情報伝達機器を手にし、瞬時に情報を伝達できる。

        この事は、封書でも同じで、「時間」と「瞬時性」が掛かるだけの事。

        そう考えると、驚くほどの技術革新では、無いとの見解らしい。

        利便性を求めると、機器の操作は複雑になり面倒。

        「究極の機器、道具は、誰でも簡単に使えるもの」こんな事聞く事も有る。

        果たして、今の情報機器は、この「究極の道具」の概念に当てはまるか?

        単に、「使わせる側」のご都合(儲け)だけが先行しての商品ではなかろうか。

        もう一度、この機器の目的を考えたら、いまの情報過多な状況は、果たして真に

        必要なのか?

        確かに利便性は、感じる。ただ行き過ぎた昨今の状況は、各所に弊害を与えてる

        この事には、あまり話題にならない。

        果たして、この先はどうなるのか。さしあたりは、情報量が今より少しずつ多く

        送れる。そんな程度でしかない。

        人間自体が進化し、機器を介さず「意思の伝達」が出来るほどになれば、

        非常に凄い事であろう(こうなると賛否が分かれる超能力の領域)

        禅宗での「以心伝心」この境地に達すれば、機器を介さずも意思を

        伝える事が可能なのか・・・・         




言霊

2020年6月24日
言霊1

 

        言霊

        文字を紐解き、直訳するならば「言」は「ものを言う」

        「霊」とは「たましい・精神」の意味で、「発する言葉に精神を宿す」

        そう言う解釈であろう。

 

        後ろの「霊」の意味、「たましい・精神」これが、有形の物ではなく

        非常に漠然とし、説明解釈が難しいもの。

        ただ、おしゃべりで発する言葉と、言霊は似て異なるもの。

        同じようだが、非常にかけ離れ違うもの。

        

        残念ながら、この実録映画は観覧の機会を逃して、まだ観覧していない。

        今回の、流行性感染症の影響で、近隣映画館での上映時期に、「休業要請」に

        応じて,再開されたときは、すでに上映終了(真に残念)

 

        予告を、無料動画サイトで見たが、取り上げられた人物。当時の年齢が

        あたしよりも年下なのには、驚く。

        特に学生には、軽い衝撃すら感じてしまう(たぶん20代前半)

        今の時代の同年代で、こんな20代は居るだろうか?

        けして、昭和の当時の学生が優り、現代の学生が劣るとは、思わないし

        比べる事事態が、無意味である。

        

        ただ、映像を見ると、これだけは昭和の学生が優ってると思えるのは

        「言葉」の使い方は、現代より優れている気がする。

        そこで、この映画に「言霊」という単語が引用されたのだろう。

 

        昨今だと、某歌い手が「愛の言霊」なる曲名の曲を出したが

        歌い手の方、本当に「言霊」の意味分かってるの?

        あの歌い手さん、元々はそこそこの大学に通う、小利口な方

        まぁ、商業的に「少し利口なふり」で、こんな単語を曲名に引用したのだろう

        歌詞を、読み解くと、とても「言霊」を感じ取る事は、到底不可能(苦笑)

        便利な世の中で、検索を掛けて、この曲の歌詞を見たが、呆れて物が言えない

        何処に「言霊」を連想させる歌詞に盛り込まれてるのか?

        何回読み返しても,分からん。むしろ、この歌詞の中から言霊を見出せる方は

        神から与えられた才能の持ち主か?

 

        話を引き戻し、この映画だが、「どちらが正しく,どちらが間違い」の判定ではなく

        どのような議論だったのか。またその最中に、どんな会話のやり取りがあったのか。

        時には笑いを誘うような言葉があったり、まぁ凄い。

        時には、禅問答のような難解な会話のやり取りもある。

        これを言霊と言うならば、あの歌い手の歌詞などは、言霊と名乗るのも

        おこがましい。

        

 




75年目

2020年6月23日
75年目1

 

         この建物(創建当時)が戦災で焼け落ちて75年・・・

         今日。75年前に組織的戦闘が終結した日。

         いまだ、沖縄はいろいろな問題を抱え、苦難な状況が続く

         在日米軍基地問題。単純に「基地をなくす」で、この複雑な国際情勢下で

         基地をなくして、事が解決するだろうか?

         先日も、隣の某大国の潜水艦が、奄美列島の狭小海域を潜航航行し

         その潜水艦の性能、航行技量を見せつけるかの如く我が物顔で航行。

         こんな事を平気で行う国が隣国にあるのに、沖縄在日米軍が撤退したら

         どのような展開になるかは、日を見るより明らか。

         選択肢は三つ。

         1 今まで通りに在日米軍に駐留してもらう。その代わり、米国の要求は

           聞き入れるしかない。これは当然の事で、危ない事を肩代わりして貰うのだから

           仕方が無い。

         2 在日米軍には、お引取り願い、自国は自国で防衛する。

           こうなると、危険な事も自分持ち。

         3 完全に武力を放棄し、隣国の属国的立場になる。

         さぁ、どれを選択するか?

         今までは、「経済・経済」「金・金」と邁進した我が国。そんな経済至上主義も

         終焉の時期にさしかかってる。

         今までは、経済力に物を言わせ、金で用心棒(米国軍)を雇っていた状況だが

         用心棒(米国軍)も「もっと金よこせ」「待遇改善」と無理難題。

         まぁ仕方がない。当然でしょう。無効は「危険な事」を肩代わりしてくれてるのだから。

         それが、嫌なら「ご自分でどうぞ・・・・」それが当たり前でしょう。

         米国の大統領の「基地経費増額」は、当然の事で、此方が怒る事では無い。

         75年前までは、「自国は自国で守る」そんな気概が、この国にあった。

         不幸にも、沖縄の方々には大変な思いをさせてしまった。

         そんな、沖縄を救うべく、10代の若者達が、自らを捧げ散華した。

         そんな不幸な歴史だが、「なぜに、あのような事になったのか」

         上辺だけの学びでは「我々に非があった」かのような学習しかしない。

         当時の国際情勢、国内の社会情勢を深く垣間見ると、真相が分かってきて

         単純に我々に非があるか?そうでも無い事が明らかになりつつある。

         国際情勢もさることながら、国内事情、特に報道は目を覆いたくなるような

         報道もあった。

         開戦前など、「今,打たずして,いつ打つ!」そんな戦意高揚を煽る記事が

         多い事。

         検閲も存在したが、お上の発表を鵜呑みにして、なんら検証せずに報道する

         姿勢は、どのように思っていたのか。真実を報道する。このことに対して

         良心の呵責は無かったのかと。

         さきの大戦、列強国の無理難題の要求。「このままでは・・・」そのな所まで

         追い詰められ、止むに止まれぬ状況になり事に至る。

         更には、人種差別的見解もあり、有色人種軽視が根底にあり、人種差別も

         要因の一つと考えられる。

         この事は、未だ解決せず、今も米国では、不法な差別が原因で、大規模な騒動

         にまで発展し社会問題になってる。

         いったいいつまで、争うのか。人は他の動物より賢いと思っていたが、意外にも

         邸脳な生き物かもしれない。

               




自粛緩和

2020年6月22日
自粛緩和1

 

         感染症による「県を跨いでの外出自粛」の規制が緩和された、初の週末

         各地、人手が多かったらしい。

         ご他聞に漏れず、あたしもお出かけ。

         ただ、移動手段が自動二輪車、そもそも運転中は、他人と一切接触しない。

         だから、規制中でも「誰とも接触しない」と言う理由で、お出かけしてる方もチラホラ・・・

         賛否はあるが、そういう解釈もある。

         極端に言うなら、自動二輪での移動で、停車(休憩中)に他者と接触しなければ

         「濃厚接触」の項目には、一切該当しない。

         さらには、休憩もなしで走りっぱなしなら、絶対に他人と接触は有り得ない。

         ただ、考慮すべき事は「万が一の負傷事故」これで救急的な措置の場合は

         由々しき問題になる。

         まぁ、そこまで考えていたら、車での移動は事故が無いの?と言われてしまう。

         ただ、二輪の場合は、不安定な乗り物で事故の確率が高めなので、用心して

         掛からないと、各所に迷惑をかけてしまう。

         昨日は、天気も曇天。予報では「にわか雨」

         数週間も、乗れない日が続いていた。早くにに目覚め外の空を見上げ

         「どうするか・・・」最新の気象情報をみて決断(そんな大げさな事かよ・苦笑)

         「早めの帰宅で、お出かけしよう」

         まぁ、元々一人でのお出かけなので、走る行程は、総じて早い。

         臨機応変に行程を変化させて、走る道を変化させ、近道、時間短縮。

         走りながら、今居る位置を考慮。時間を見ると11時。

         朝食抜きだから、早飯でいいかぁ。そこで選択したのが、此方の店!

         水戸が誇る、ご当地ラ-メンの「スタミナラ-メン」

         各店、スタミナの看板を掛けてるが、微妙に味が違う。と、言っても元々が

         「濃い」味付けなので、並べて食べても、然程変わらないと思う。

         この店(松喜吉・まつきち)のたどり着く前の、もう一店の松吾郎の前を通ったが

         早い時間でも、列を成していた。

         あたしは「並んでまで、食べたくない」が信条なので、あのような光景を目にすると

         疑問を感じてしまう。

         どうも、並ぶ光景を見ると、大昔のソビエト時代の国営ス-パ-に並び、食料を手にした

         そんな光景が重なる。

         まぁ、余計な話はさて置き、早い時間の入店で,すぐに席に付き、注文~

         数年前までは「2タマでお願いします」と麺二人前を平らげたが、最近は

         「1タマの普通で・・」大分,体の燃費も「エコ」になった(大笑)

         以前は、アメ車のV8の5000ccエンジンの様な燃費の体だったが、このごろは

         日本車並みの燃費~

         それでも、朝食抜きだったから「大盛り(1.5タマ)でお願いします」

         出てきたどんぶりをみると「1.5でこんなに多かったか?」と思える盛り。

         完食するも、聊か苦しい。やはり、歳相応に食欲も減退するのだ。そう実感した。

         

            




今更

2020年6月20日
今更1

 

         必要なときは、とっくに過ぎて、やっと手元に届いた。

                 「アベノマスク」

         今となっては、アベノマスクと言う言葉は、死語になりつつある昨今。

         潤沢とまでは言わないけど、普通にマスクは購入できる。

         そんな時節に、配布されてもねぇ・・・・

         しかし、未だに収束の兆しなし。発生源とされる国は、某大国の謀略。

         名指しされた、某大国は「ウイルス兵器」と断言し、誹謗中傷。

         発生源の国は、「我が国は完全にウイルスを防疫」と声高らかに内外に

         宣言。多大な迷惑をかけた事など、知らん顔。

         挽回すべく、「マスク」を各国に配り批判を交わすべく必死。

         感謝されるかと思いきや、配ったマスクは「不良品」

         益々、怒りを買う始末(大笑)

         あの国は、太古の昔から、何ら変わっていない。

         50年代の「大躍進政策」の時代。指導者が掲げた大増政策が、笑える。

         「鉄は国家なり」その国の国力を示す指標に、用いられる事があり、

         あの国は、製鉄の増産。地方農村部にも、割り当てをして製鉄を奨励

         地方に、製鉄の専門家など居るわけも無く、施設も無い。

         そんな状況で、まともな鉄など出来るはずも無く、出来てた鉄の質は、

         程度が知れる。生産された総量の6割は粗悪品の有様。

         この粗悪品は、今でも変わらない。ただ、その不良品の比率が少し減っただけで

         あの国の製品。と聞いただけで「大丈夫?」

         壊れたり、故障したすると「あの国の製品だからなぁ」怒りなど無く、呆れる事が多い

         そんな物しか作れない国が「超大国面」

         まさに「張子の虎」で、外見こそは勇ましく屈強に見えるが、内部は空っぽ。

         そんな国が、隣国である事が非常に不幸。

         もっと不幸なのは、その国の人民だ。本来「平等」を国の指針に掲げ

         内外に宣言して、国名にも入れてるのに、実情は「富める者」は驚くほどの

         富を得て、この世の春を謳歌。貧しきものは、これまた驚くほどの貧しさ。

         これ一つとっても、あの国が「欺瞞」に満ちた国かが分かる。

         




復活

2020年6月19日
復活1

 

         今回、知人から預かった愛用品

         長年、丁寧使われた「裁ちばさみ」

         やわらかい布を切っていても、切れ味は鈍る。

         これが、研ぎ前の状態で、拡大鏡で確認すると、刃先は欠けは

         殆ど無く、錆が若干ある程度。

         刃物の状態を観察すると、使用者の使い方が分かる。

         さて、このはさみが、次のようになり・・・・

 

         



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マニア様

2020年6月17日
マニア様1

 

         黒漆五枚胴具足

         奥州の覇者、伊達政宗の愛用の甲冑?

         よくよく見れば「模造品」しかも材料は、100均などで手に入る材料で

         創意工夫して作り上げる。恐るべしマニア様。

         自作だけでなく、100数十万円もする甲冑製作を生業にする人も居る。

         昨今の「戦国ブ-ム」は勢いが止まらない。

         刀剣の展示会、甲冑の展示会。以前はコアなマニア(あたしも含まれる)が

         見学していたが、今では若い女子が、食い入るように眺め、中には

         「念願の展示品」を見る事が叶い、涙する人まで居る。

         やはり、日本人。いくら欧米文化で洗脳されても、奥底にあるDANは

         日本文化に反応して、「良いもの」には、きちんと反応し、美しいものには

         心ときめくのだろう。

         そんな、「好き」が高じると、先人に思いをはせて「実際に触りたい」

         さらには「身に着けたい」になるだろう。

         さらに、さらには、「身に着けて合戦」をしてみたい。そんな心理が

         働くらしい。そこで、またまた、良い思案が浮かびました・・・・

 



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両手の仕事

2020年6月16日
両手の仕事1

 

         3・11の震災以後、我が国のエネルギ-も、否が応でも、転換に

         舵を切るかと思いきや、「既得権益」を手放したくない勢力の抵抗が

         未だに見え隠れ。

         そんな事もあるが、太陽光発電の大型設置が見受けれる。

         以前は、何にも資産価値の無い土地が、太陽光発電設置で

         金の卵に化ける。まさに現代の錬金術。

         ただ、設置後問題になるのは、雑草の異常なまでの成長・・・

         防草シ-トを敷き詰めても、シ-ト事態の劣化もあり、永久的な

         効果は期待できない。

         そこで、思いついたアイデアが、この方法!!

         特別に公開しちゃいます。 

         



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名を名乗る

2020年6月15日
名を名乗る1

 

         戦隊者の元祖

         あたしも、幼少の頃は「ワクワク」胸おどろかせ食い入るよう見ていた。

         最後は戦闘シーンがあり、毎度の事ながら「正義VS悪」の構図で

         苦戦しながらも、正義の勝利。

         一般的に言う「勧善懲悪」

         これは、高齢の方が好きな時代劇にも言える。「水戸黄門」「暴れん坊将軍」

         

         必ず、戦闘が始まる前に「正義」は名を名乗ってから、戦闘する。

         たぶん、これは、昔の武将が戦のときに、名を名乗った事からでは無いかと

         推測する。

        まぁ、日本人特有の、様式美だろう。

        日常生活においても、相手の名前を聞くときは、此方が名乗るのが礼儀

        だだ、非現実になると「匿名」による誹謗中傷・・・

        素性が分からない事を、いいことに「あること、ないこと」の罵り

        たしかに、匿名での通報は、場合によっては必要かも知れないが

        あまりにも、「身を隠しての暴力的行為」は容認できない。

        卑怯な行いは恥。そんな様式美も薄れ、なんとも殺伐した雰囲気が漂う。  




読み違え

2020年6月11日
読み違え1

 

         一般的な呼び方

         カラ-コ-ン。あたしもそのように認識して呼んでいた

         しかし、カラ-コ-ンは、某社の登録商標。

         だから、「ロ-ドコーン」と呼ぶのが正しい

         そんな、ロ-ドコーン。工事現場などで、進入禁止など区域区分。駐車場の整理・誘導

         多様な使い方が出来て、非常に重宝で、活用してる。

         そんな、ロ-ドコーン。ある店舗入り口で車止めの目的で配置してあった。

         盗難防止なのか、書き込みがなされ、「クーリ」と書かれてる?

         「はて?」クーリとは、なに?と一瞬考えてしまったが、冷静に思考を巡らせ

         7-11と理解した。

         そう、このロ-ドコーンが設置してあるお店は、コンビ二のセブンイレブン

         設置にあたり、急いでいたのか、または横着したのか、真相は分からないが

         文字(カタカナ)で表記するので無く、数字で表記した結果が

         7がクに見えて、11がリに読めてしまった(苦笑)

         冷静に考えれば、分かることだが、思考が鈍っていた、あたしは「ク-リ」と

         読んでしまった。

         何たる、間抜けさ。自分で自分の間抜けさに呆れたしまった。

         幸いにも、大きな声で音読せず、他人に聞かれなかったことが幸い。

         この文字を書いた方は、あたしと同じで、文字には引け目を感じる人物と

         推測する。

         そう、あたしも自慢じゃないが文字は下手。この下手なのが非常に悩み。

         文字が上手く書けるだけで、本当は賢くないのに、賢く見えるから不思議だ。

         書で生計を立てるほどの書道家になるつもりなどは、毛頭ないが

         字が上手いに越した事は無い。

         ここは、一念発起で書を習うのも一案なのか?

 

         教訓

         「人のふり見て、我がふり治せ」   




練り切り

2020年6月10日
練り切り1

 

         梅雨寸前の、うっとうしい時節。

         「あぁ、秋までこんな陽気が続くのか」と気が滅入る

         そんな、滅入った気分が、この和菓子を見たら和らいだ

         涼しげな「紫陽花」を模した練り切り。

         なかなか、これだけの練り切りを出す店は少ない・・・

         そんなお店が、此方! 



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経時

2020年6月9日
経時1

 

         昔、昔の鉄製ヘルメットが転がっおりました。

         「おぉ、どれどれ」と手に取ると、あれ?軽い?!

         視覚で「鉄製」と認識し脳内で、大よその目方を算出し無意識に「この位の目方」と

         感覚が働く。その感覚に基づいて、実際に手に取り持ち上げると、あら、びっくり!!

                        「軽い」

        あまりの軽さに,勢いあまり後ろにひっくり返る(これは大げさ・苦笑)

         まぁ、冗談はさて置き、このヘルメット。

         正体は、消防用のヘルメット。大分以前にフリ-マ-ケットにて購入

         購入価格は、失念し遠い記憶の彼方に・・・・

         普段は、ご近所への買い物用の「原動機付き自転車」の運転用に被る為に

         愛用。

         購入時は、大昔に流行した「マジョ-ラ塗装」で塗ってあった。

         その色目も飽きたので、日ごろお世話になってる先輩が「エイジング塗装」にはまり

         素晴らしい腕前を披露してるのを、聞きつけ、塗装をお願いした。

         素晴らしい。その一言。

         何処から見ても、鉄の風合い。完璧に鉄にしか見えない。

         流石です。

         元が消防士さんは被ってる、ヘルメットとは誰が想像できようか。

         きっちり塗るのと違い、「風合い」を出す技術は、感性(センス)の様相が

         大きく作用する。まさに感性が成せる業。

         今回は、有難う御座います。大切に使わせていただきます。

         昨今の「自粛」の風潮で、外出があまり出来ないので、この塗装を始めたら

         嵌ってしまったとの事。

         これも、今回の「自粛」の騒ぎが齎した、出来事でした。

 

         




格言

2020年6月6日
格言1

 

         脱皮できない蛇は滅びる

         フリ-ドリヒ・ヴィルヘルム・ニ-チェ (ドイツの哲学者 1844~1900)

         さすが、高名な哲学者の例えは、時代を超えて響く表現

         抜け殻は「死と再生」「復活」の象徴と信じられて、特に蛇の抜け殻は

         珍重する。蛇は龍と混同され、宝珠という万能に力が宿る玉をもつ生き物で

         全ての願い事を叶える信じられている。

         そんな貴重な、抜け殻。偶然にも発見。しかも全身。頭から尻尾までの完全の

         抜け殻。額装して掲げ、ご利益を期待しています(未だ効果、実感できず・苦笑)

         さてさて、二-チェの格言の意味を考察。

         森羅万象、生を授かったもの全ては、この格言が当てはまる。

         更には、組織も、この格言が当てはまる事に気がつくのである。

         昆虫は、幼虫からサナギになり、やがて成虫となる。種によっては

         成虫になってから、脱皮する種もある。

         そう、何事「成長」には脱皮が必要不可欠。たまに昆虫で、脱皮に失敗し

         息絶えた姿を見る事がある。

         その様は、人間界の実社会にも投影できる。流石に人間は構造上、脱皮はしないが

         その生き方は、この表現に当てはまる。

         また、組織も同様である。蛇や昆虫のように脱皮をして姿を変えることは無いが

         人間は、内面を「脱皮」しないと滅びてしまう。

         その脱皮なる現象は、誰の力も借りられない。孤独の状況。

         組織も10年前と同じことの繰り返しでは、脱皮してるとは言えない。

         古臭い印象のある、建築業界でも10年前の工法や商品、お施主さまの好み等

         変化の早い業界。

         そんな変化に敏感に反応する。すなわち「脱皮」をする。これが出来ないと

         取り残され、滅びる・・・・

         周りを見回すと、こんな脱皮が出来なかった人たちを目にする。

         残念なのは、親子で仕事をして、親と子の意見の対立で、空中分解~

         客観的に贔屓目なし見て、体外が「子」の意見が正しい。

         やはり、若い感性の方が時代を的確に捉えられてる。

         残念ながら、齢を重ねると、時代に変化を的確に捉えにくくなる傾向にある

         まぁ、極まれに齢を重ねながら、機敏に時代の変化を捉え対応する人も存在する

         経験も豊富で、対王力も柔軟。

         滅びない為のも、常に時代を捉え、脱皮しないと駄目なんだ。そう実感した。   




怨恨

2020年6月5日
怨恨1

 

         野鳥の、矢が刺さり大捕り物末に捕獲し、矢を抜いたり

         数年前には、取手市でも、歩行者に矢を放った事件があった。

         今回の事件は、無差別な事件では無く、根深い恨みの可能性が濃厚

         余談だが、報道では「ボウガン」と連呼するが、ボウガンは商品名であり

         特定の製造会社の商品。正式に言うならば「クロスボウ」もしくは洋弓銃と

         呼ぶのが正しい。そういえば、公共放送は何と呼んでいるだろ・・・

         まぁ、話を戻すが、男女3人が死亡。

         しかも、頭部を狙っての犯行。余程の恨みが有ったのでは、なかろうか推測

         人を殺める事は、けして合法的な事ではない。

         ただ、このような事になるまでには、どんな経緯があったのだろうか。

         自分が居て、相手が居る。人は野生動物と違い、言葉で意思を疎通する能力を

         持ち活用する事が出来うる生き物。

         なのに、そんな能力を手にしても、意思の疎通が上手くいかず、このような事を

         行ってしまう。

         今回の結末に至るまで、この家族間には何があったのだろうか?

         相手が嫌な言動、行動など、何の気なしに言い放った言葉、行動が

         された側には、忘れる事が出来ないほどの事に成る事が多々ある。

         言った側は「そんな事言ったっけ?」「そんな事したかなぁ」

         受けた側は、絶対に忘れないのに、軽々しく「忘れた」などと薄ら笑い。

         こんな事されたら、恨みだって募るのが当然の事。

         何処にでも居るんだよなぁ、こんな軽薄な人物。

         そんな人物に限って、自分に災いが振る掛かると大騒ぎ(苦笑)

         人生も半世紀も生きれば、正直言って、こんな人物に出会った事はある。

         願わくば、こんな人物とは関わりたくないね。

         万が一、接触しなくてはならない状況になったら、極力関わらない。

         できるなら無関係の関係を構築したいね。

         無関係は、まだ相手をどこかで意識した状態。更に進むと「無関心」になり

         この無関心の境地に到達できれば、その人物とは完全に接点がなくなる。

         「あいつ、嫌いなんだよなぁ」そう感じている状態は、まだ関心がある状態

         その人物が居ても、何にも感じない状態。こうなれば無関心の状態で

         相手に対して、怒り。恨み。の感情も発生しないであろう。

         そう、此方が歩み寄り、意思の疎通を努力しても駄目な人物には、

         無関心になり、距離を保つのが一番いい方法ではなかろうか。

         とかく「話せば分かり合える」と諭す風潮があるが、無理なものは無理。

         無理を行うから、変な事が起こる。

         諦める事も大切。「諦める」と言う単語は、消極的で悪く捕らえがちだが

         そんな事も無い。

         精神論的な物言いをする人物は、好んで「諦めるな!」を唱える

         前に言ったが、精神論は否定しない。むしろ肯定派。

         ただ、駄目なのは中途半端な人物が精神論を振りかざすのは否定。

             

        




サンシェ-ド取り付け

2020年6月4日
サンシェ-ド取り付け1

 

 

         西日の日差し避けの対応で、サンシェ-ド取り付けを行いました。

         各社から、色々な取付金具等市販されていますが、今回は

         そのような市販品では無く、躯体面(外壁)にフックを取り付ける方法で

         施工を行いました。

         外壁がモルタルなので、専用のドリルで穴を開け、フックが効くように

         特殊な金物を埋め込み、フックを取り付けました。

         当工務店は、今回のような作業も対応しますので、ご相談を・・・・・

 




倫理

2020年6月2日
倫理1

 

         目まぐるしい現代社会

         日常生活の出来事だと「つい一週間前」の出来事など、記憶を消去しないと

         人間の脳での容量が足りなくなるくらい、色々な出来事が起こる

         事件・事故もご他聞に洩れず・・・・

         ただ、京都での放火事件は、被害者の数の多さからすると、記憶に残る事件。

         そんな事件の容疑者が、回復し司法手続きが行われる事に成った。

         自己も大やけどで、高度医療を行い一命を取り留めた。

         ただ、法律の照らし合わせると「死刑」ま免れないであろう。

         なぜに医者は、この人物治療を行ったのか?それは医療人としての人道的理由

         もう一つは、「学問的見地」という側面

         「誰も行った事のない治療方法」これには、非常に魅力がある。

         優れた腕前を自負する人物なら、なおのこと。

         成功すれば、名声が響き、その後、同じような症例の患者を救う事が出来る。

         大きな声では言えないが、今回の場合は、放火の容疑者で、万が一治療に

         失敗しても、世間から失敗を攻められる恐れも少ない。

         むしろ攻めを受けるのは「なぜ、治療した」との声だ。

         今回の出来事をみて、思い出したのが「ブラックジャック」の同じような話があった。

         あらすじは、うる覚えだが、ブラックジャックが高度な技術で手術を行い、成功するが

         犯罪者である人物は、後に死刑となる。

         あいまいながら記憶を呼び起こすと、ブラックジャックが、法廷の傍聴席から

         「全力で助けたんだ。それを死刑で殺すのか」と叫んだ。

         今回の、事もこれと同じではなかろうか?

         医療人は、治す為に全力を尽くしたなのに、男性に死刑が執り行われば

         「何の為に治療したのか?」そんな心の叫び(葛藤)が去来するのではなかろか。

         たぶん死刑は免れないであろう。そうなると、この犯人は、今後の火傷患者の

         治療方法確立で他の患者の救済の道標的な位置づけとなり、その死が無駄でない事

         今後の火傷治療に大いなる発展と、命を救う事となれば、その最後の結末も

         世間に対しての幾ばかりかの、お詫びとなるのではなかろうか。

         我が身を、医療発展の為に捧げた。このようにも捕らえられなくも無い。

         言い方には、多少御幣があるかもしれないが「献体」とも言える気がする。

         ただ、被害者の心情を思い図ると、何ともやるせない気持ちになる。   





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