ひとりごと



敬意と感謝

2020年5月29日
敬意と感謝1

 

         青空に白煙が映える

         多少、落ち着いた兆しの感染症

         医療関係者は、多忙という表現などは、当に通り越した状況だと想像する。

         危険を顧みず、従事する医療関係者には頭が下がる。

         そのような方々に敬意と感謝の意味を込め、今回の飛行が行われた。

         ブル-インパルス。

         飛行機操縦士になること。これだけでも困難な事。

         そんな困難を乗り越え、操縦士になって、そこから更に技量卓越な人物が

         ブル-インパルスのパイロットになれる。

         普通に飛行する以上に危険。神業的な演技飛行、だからこそ見るものを魅了する

         不幸な出来事もあり、1982年には航空祭で墜落事故という悲劇が起きた。

         民間人にも重軽傷者が出てしまった。

         後になり事後を検証すると、パイロットは、最後の最後まで被害を軽減する

         努力をし、操縦した形跡があり、本来の飛行航路だと、高速道路もしくは住宅街に

         墜落の可能性があった。

         最高の技量を持ちうる人物でも、一瞬のミスが大変な事故につながる。

         その時の墜落事故の報告によると、0.4秒指示が遅かった。それが自己の要因

         日常生活で、0.9秒を実感する事が、有るだろうか?

         ましてや、0.9秒で生死を分けるような場面に遭遇するだろうか?

         そんな超人的技量を有する人物のみが、今回の飛行を可能にするのだろう。

         

         




屈強

2020年5月27日
屈強1

 

 

         超大国の大統領、ウラジ-ミル・プ-チン

         国家元首が、ライフルを携えてのこの姿、歳を取ったとは言え、肉体の造詣は

         同年代の肉体の衰えとは、比べるまでも無い。

         若い頃に、鍛え上げた事が容易に想像できる。

         流石は、元KGB。アメリカのCIA イギリスのMI6 イスラエルのモサド

         その名もとどろく、諜報機関の元KGBだった人物が、国家元首。

         国際社会は、本音と建前。信頼と裏切り。そんな事が当然の事で

         笑顔で握手を行いながら、腹の中の本音は、裏腹な事が当たり前。

         そんな、世界に身を投じて活躍し、裏も表も知りつくした人物、各国間の

         交渉ごとだって、生半可じゃない事が容易に想像がつく。

         こんな国家元首を相手に交渉するは、非常に大変。

         たとえるならば、「ツチノコを捕獲する方が容易いかもしれない」

         我が国は「平和」を国是と提唱している。この事は非常に崇高で素晴らしい

         ただ、近隣にこんな国家元首の国がある現実。

         話し合いで、争いごとが回避できるのか?

         理想論で言うならば、拳を振り上げての解決よりも、話し合いで解決するほうが

         絶対に良いに決まってる。

         ただ、その話し合いでも、ただ「宜しくお願いします」と言っても、相手は聞かない

         その後ろにある「力」を見せ付けて、初めて聞く耳を持つ。

         日常生活で例えると、警察官。

         制服を身に纏い、装備を整えた姿。あれを見ただけで、一般人は一目おく。

         更には、犯罪を犯しそうな人物もも、その姿を目にすれば、思いとどまる事がある。

         これが、世に言う「抑止力」

         抑止力を用い、犯罪、事件を未然に防ぐ。この事は非常に重要で肝心である。

         さて、さて、日常生活のような、ミクロな物の見方から転じて、マクロな見方で

         話を考えても、通じる事がある。

         丸腰で、話し合いなどに臨んでみても、返り討ちに合うのが関の山・・・・

         要するに、相手が「危機感を抱く」位の後ろ盾が、無い事には、交渉成功など

         あり得ない。

         用は「強さ」を押し出さないことには、駄目だという事。

 

         だもの、この姿は、自国の国民に「屈強」を見せ付けるには、絶大な効果が

         あるだろう。

         ただ、狙いは、国内に燻る不満をかわす為。とも言われてる(笑)

         それだけ、国内の不満を抑えるのが大変らしい。

         あの手、この手で押さえ込んでいたが、今回のコロナ騒ぎで

         非常に危機が迫ってるらしい。何を用いても倒せない大統領が

         感染症の流行で、あえなく失脚の憂き目に・・・

         まぁ、歴史を紐解くと、疫病(感染症)の蔓延で、国の長が失脚は

         何回かあったからなぁ。

         一日も早い感染症、収束を願うばかり。




手続き

2020年5月22日
手続き1

 

         我が家にも、今回の事態でお上からのお恵みの恩恵を受ける通知が届いた。

         偶然にも、先日運転中にラジオで、今回の記入用紙の、チェック欄が紛らわしく

         ×のチェックをしてしまう。チェックに×を入れると「受け取り辞退」となるので

         くれぐれも記入には気をつけること・・・

         「へぇ、そうなんだ。でもまだ届いてないからなぁ」

         それが、昨日の夕方帰宅すると、届いていた。

         早速開封して、中身を確認し、記入例を熟読し理解する。

         確かに、間違えるかもしれない。

         昨夜のうちに記入するかとも思ったが、「先着順」ではないから

         本日、落ち着いて記入することに・・・・

         金額が金額だけに、慎重になる。そこで間違えないように、コピ-を取り

         練習ではないけど、一度記入し、確認後に清書することにした(笑)

         いつに無く慎重に書き、何回も確認して返信用封筒に入れて

         投函。

         今回の記入のやり方だが、実際に行うと、間違える事が有りうる。

         まぁ、よくよく注意して熟読すれば、分かることだが、緊急な事態で気も焦れば

         間違える可能性は大。

         人によっては、「国は給付金を出し渋り、わざと間違えやすくして、受け取り辞退を

         狙ったのでは、なかろうか」そんな意見も仄聞する。

         まぁ、これは大げさな言い回しだろが、どうも、お上のやる事なす事が、世間一般から

         見ると、あまりにも浮世離れした事が多い。

         政治家は、私利私欲と捉えられても、おかしくない振る舞いが目に付く。

         だから、国民もお上を信じられなくて、何事にも「怪しい」と疑ってかかる。

         色々な意見があるものだ。




中止

2020年5月21日
中止1

 

         未だに収束しない感染症

         100年前の「スペイン風邪」の猛威もこんな雰囲気だったのか。

         記録で知る事は可能だが、流石に100年前の出来事だと、実体験を知る方々も

         少なく、存命でも鮮明に正しく記憶してるか・・・・

 

         そんな、事態で各種イベントが中止、延期されてる。

         高校野球も春夏とも中止が決まった。

         悲しい表情の高校生が、取りざたされる。

         確かに、練習を重ね、甲子園を目標にしていた球児は同情する。

         ただ、この「高校野球」という、一種独特、他に類を見ないジャンル

         そもそもで言うならば、「高校生の野球部」の全国規模での大会

         高校生だから、本分は「学業」であるはず。脳が一番活性化して、

         スポンジが水を含むが如く、知識を吸収出来る時期に、勉学に励み

         効果的に学べる時期。

         そんな時期の、「余暇」の意味合いで「部活」が存在し、体を動かす

         それが、「部活」の本筋。

         

         それで、地元の高校が出場して、活躍する。これならば、「我が郷土の誇り」となり

         応援したくもなる。地元から出場ならば、「ご近所の高校生」が出れば、興味も湧く

         声援だって送るさ。

         

         そう、このポスタ-の時代は、こんな要素が、今以上に色濃く残っていた。

         ただ、翻り近代は、どうだろうか?

         県を跨いでの「強豪高校への入学」高校生の本分である勉学を蔑ろにしての

         練習で、職業野球選手より練習してるかも?

         前に戻るが、あくまでも「勉学の合間の余暇」が本来の存在である部活

         それが逸脱し、目的を見失い、何処に向かうのか。

 

         さらに、この大会に目を付けた、某新聞社が「購読者獲得」の目的での主催

         目論見は、大成功で購読者は増えた。

         

         純真な高校球児は、このような薄汚い大人の金儲けの道具になる。

         主催する汚い大人は、球児たちには「清廉潔白」を求め、何か事が有れば

         大きく取り上げ、「出場停止」の処分を下す。

       

         高校側も、私立などは「売名行為」に,野球を利用し生徒集めの道具とする。

         何度も言うが、学校とは「勉学」であり、運営して「金儲け」をする機関では無い。

         ここにも、薄汚い大人が見え隠れ(苦笑)

 

         更に、問題なのが日本の悪しき側面の「スポ-ツ」を娯楽と捕らえず「精神修練」に

         捕らえる。

         「精神修練」を否定はしない。むしろ、肯定する。ただ、それに外来のスポ-ツを

         結びつける事には、反対だ。

         そもそも、「娯楽」なんだから融合するわけが無い。無理に融合させるから

         歪に成り、無理が有る。

         だから、「野球道」など言う人は「この人、本当に分かって言ってるの?」と呆れる。

 

         折角だから、日本では○○道と表現する事がある。柔道・剣道などの武道

         これらには「道(みち)」が付く。

 

         この「道」が付くというのは、技術だけでなく精神の鍛錬も大いに求められる。

         技量の上達を,見極める意味で「大会」が催される。

         大会の試合だって、精神修練の意味合いが色濃く、剣道などは,相手に勝っても

         その場で、喜びを表現する事などはしない。

         その点「スポ-ツ」といえば、勝った瞬間に喜びを表現する事が許される。

         この事を思うと、昨今の「柔道」はどうなのか?精神の修練の色合いは薄くなり

         本来、日本人なら誰でも理解していたはずの、「勝ってもその場では、表現しない」

         それが、殆ど無い。

         では、なぜ、「勝っても、喜ばない」のか。これは元が武術で、「殺し合い」が源流

         日本人の心情で、戦場で殺めた相手の前で、喜ぶのは、誠に卑しい。そのような

         心情から来ているのでは、無かろうかと推測する。

         

         ここで、おかしい事に気がつく。

         本来、喜びを表現して良いスポ-ツである、野球(高校野球)では、大活躍しても

         大喜びに表現すると、「らしくない」と嗜める。

         逆に、柔道などは、試合後に畳の上で大喜びをしても、誰も嗜めず、

         むしろ賞賛する。

         

         前回、1964年の東京オリンピックの柔道。無差別級の決勝戦で、オランダの

         へ-シンクが日本人の神永に勝ったとき、大喜びしたオランダの関係者が

         駆け寄ろうとした,そのときに、制止した話は,有名。

         オランダ人でありながら、武道礼節を理解し、実践した。

         

         そもそも「スポ-ツ」に日本の「精神修練」を融合させることに問題がある。

         そこに来て、汚い大人が「金儲け」の道具に大会を利用する。

         ここで言いたい。主催者の某新聞社。

         それならば「大会運営に関する費用を全部負担する」

         それくらい言ってみろ。と言いたいね。

         選手の遠征にかかる諸々も費用(交通費、宿泊費等)も当然、主催者もち

         まぁ、地元応援団の費用は,自前になるだろうが(笑)

         本当、純真な球児は,気の毒。薄汚い大人に利用されて、言いたい事、

         やりたい事も出来ないなんて。

         まぁ、若いうちに「薄汚い大人」の本心を見て、自分は、「そうならないように」

         そう肝に銘じて、成人し、世の中を変える力になってくればぁ・・・

         と思うのだが、これまた大人になれば、理不尽なことにも、同意したり、少しずつ

         変わってしまう事が多々有るのも現実。

    

       

          




二匹目のドジョウ

2020年5月19日
二匹目のドジョウ1

 

 

         数日前のネタで、此方の商品が、店頭掲示価格よりレジで支払うときに

         安かった話。覚えてますか?詳しい事は、遡り読んでくださいね。

         さて、またその「某ディスカウントストー」の付近に用事があり、この事が

         脳裏に過ぎり、果たして価格はどうなのか?真意を確かめるのが一つ

         喉の渇きを癒すのが一つ。二つの目的の為に、いざ!店内に・・・

         おぉ、まだ品物は有る。他の炭酸飲料等には目もくれずに、この品を

         手にして、いざ会計!

         最近は、3密を避ける意味で、会計で並ぶのも間隔を広く取るのも浸透した。

         以前なら、あれだけ間隔を広くすると、気の短い人から「おぃ、詰めろよ!」と

         怒号が飛んだだろう。

         そんな事を思いつつ、あたしの番になり品物を渡すと、バ-コ-ドで読み込み

         「ハイ、130円です」

         あれれ、前回は50円だったのに・・・という言葉が喉元まで出て、何らかの刺激が

         加わっていたなら、口元から「50円じゃ無いの」と発してしまうところだった。

         まぁ、そんな事は、さて置き。渇きを癒す目的で、ごくごく飲んだ。

         甘味は無いが、後味がすっきり。昨今話題の「免疫力向上」に効果があるのでは?

         と、勝手な解釈で、飲み終えた。

         この話を、便利で24時間営業の小売店の店員さんに話と、お店によって仕組みは

         違うから、何とも言えないけど、もしかしたら、前回の50円は、仕入価格かも。

         なにぃ?もしこれが真実ならば、50円の物を130円で販売。

         一個で80円。物販業界の仕組みは、よく分からんが、これが当然なのか?

         ますますもって、物の価格が理解できなくなった。

         さらに考えるならば、大本の原価は幾らなの?

         と、そんな難しい話はさて置き、当初の目的である、50円で購入は

         脆くも崩れてしまいました。

         二匹目のドジョウを狙いましたが、二匹目はどこにもいませんでした。




責任

2020年5月15日
責任1

 

         未だに手元に届かない、アベノマスク。

         「一世帯に二枚」その理屈だと、此方の家庭では、このような使い方となります。

         枚数もそうだが、マスクに異物混入、汚れ等で回収し、検品を行う。

         まぁ、ここまでなら仕方が無い気がしないでもないが、その後だ問題は。

         検品に掛かる費用が「8億円」

         国が委託した業者が行うらしい。

         あたしの個人的な意見だが、「なぜに納入した業者が行わず、国が検品を委託

         するの?」

         品物を納入するのは、「完全なもの」を収めるのが同然の事で、あたしのような

         家業でも、施主様に収めるときは、開封し確認し、不備が無い事を確認して

         組み立てて納める。これが当然の流れ。

         もし、不備があれば、原因究明で「製造時の不備なのか」「運送中なのか」

         とことんに究明しする。

         まぁ、今回のマスクは、緊急事態で「一刻も早く手元に!」という事で

         「何処で」「誰が」など責任の究明は、後回しでも良しとするが、

         検品に掛かる費用だ。8億と言うが、もちろんこの費用は、納入した業者が

         負担するんだろう。

         いくら、緊急事態でも、品物を納入するという事は、「完全な品」を納めて

         初めて、代金を頂けるのが、常識。

         ましてや、複数の納入業者の一社は、天下の「Ⅰ藤忠」

         28,5億円で、今回のマスクを契約したんだから、8億かかっても、利益は出るはず

         総合商社、東証一部上場の大企業の、Ⅰ藤忠。

         連結資産11兆円。くしくも、今話題「一人10万円支給」の予算が約9兆円

         それでも、おつりがくるくらいの資産を持つ商社が、まさか検品代金の

         8億円を国に泣きつき、肩代わり?そんな真似はしないよなぁ。

         「そんな不良品を納入して、申し訳ない。御代は頂きません」

         そういえば、拍手喝采!「さすが天下のⅠ藤忠」と評判を上げる。

         それが、古来の日本人の美徳であったはず。

         自ら進んで損を出来る人物が、武士(サムライ)である。

         その損の規模は、すさまじく、己の全ての身上を吐き出す事も厭わない。

         とかく、「強く」「勇ましい」表現の代表格の代名詞に「○○サムライ」等と

         表現するが、「強い=サムライ」など、大間違いの解釈。

         まぁ、良いよ。○○サムライと名乗っても。じゃあ、古来のサムライのように

         自己犠牲を厭わず、金銭を施し、時と場合では、自己の命すら惜しまない。

         常にそんな気構えで、事に当るならば。

         今の世の中、そんな自己犠牲を自ら進んで行えば、

         「やれば、やるほど笑われ」「語れば語るだけ、蔑まれる」

         ここまでの覚悟があって、初めて「サムライ」と名乗る事が許される。  

         果たして、今の世に、ここまでの覚悟、気概を持つ人物が居るのか・・・

         本来ならば、政を司る人物が、この気持ちを持っていないと駄目なんだけど。

         




休載

2020年5月13日
休載1

 

         未だ、収束の目処が立たない感染症。

         ここに来て、治療薬が複数認可されて実際に投与されるニュ-スを耳にする。

         各方面に影響をあたえる、ウィルス。

         そんななか、この作品が休載。

         驚いた事に、連載開始が、52年前。

         半世紀前。その間休載無し。

         連載開始の頃は、ゴルゴも結構台詞があったが、最近は無言が多い気がする。

         冷酷で、機械のような正確さ。まさに完璧。

         漫画のゴルゴも凄いが、それを描いてる作者(この場合は、複数のスタッフ)が

         主人公のゴルゴのように完璧に作業をこなしている。

         有る意味、作者自身がゴルゴではなかろうか。

         読み込むと、その時代時代の出来事、世界の情勢が事細かく描かれて

         引き込まれる。

         読み込みすぎると、現実の世界と見分けがつかなくなる。そんな事が

         あるとか、無いとか・・・・

         50年続くのだから、その時代時代の出来事、情勢を織り交ぜ、話を展開し

         今まで続いてるのだろう。

         ゴルゴ13が終了するときは,いつか?

         その答えは、個人的な意見だが「世界平和が訪れたとき」

         そう、世の中に争いごとが、有る限りゴルゴの出番は続くのである。

         紛争あるところにゴルゴの影あり。

         あぁ、やばい。あたしも漫画と現実の区別がつかなくなってる~  




お値段

2020年5月11日
お値段1

 

         先日、某ディスカウント店で、購入したのが此方の飲料水

         コ-ヒ-系飲料水(缶コ-ヒー)は、どちらかといえば苦手

         メ-カ-ごと多種の缶コ-ヒーを発売してるが、あたしのような舌が鈍感な人には

         正直言って、違いなど分からない。

         そもそも、缶コ-ヒーのあの甘味が、苦手。

         さて、話を引き戻して、此方の飲料水。甘味など無縁で、見るからに体に良さげ。

         「ごくごく飲める」の表記に手が伸びた。

         価格を見ると「100円(税別)」

         おぉ、何とも庶民的価格。3密を避けるべく、お店がレジ前に線を引き

         間隔を明けて、会計を待つ。

         さて、あたしの番。飛沫感染を防止する、シェ-ドも、今となっては日常の光景

         当初は、「何をここまでするか」と違和感を抱いたが、慣れとは恐ろしいもので

         ごくごく当たり前の光景になったしまった。

         そんなシェ-ド越し会計をすると「ハイ、50円です」

         えっ?50円?

         そのまま、会計を済ませても良いのだが「あの、値段表記は100円でしたよ」

         何とも、馬鹿正直に言ってしまった。

         昔と違い、値段を直接に入力するのでは無く、バ-コ-ドで読むのだから

         レジ前での入力ミスは、ありえない。

         店員さんも、きょとんした様子で、「50円と出てるから、良いんじゃないんですか」

         此方が、ずるをして、安く購入するのでは、無いから・・・まぁ良いか。

         そこで思ったのが、何処が間違いなのか?

         商品の値札の表記?会計の値段設定?

         はたまた、偶然にバ-コドの読み込みミス?

         再度、そのお店に行って、同じ品を購入して確認してみるか(笑)

          




完了

2020年5月8日
完了1

 

         大分、以前に上げた製品のその後・・・・

         木製のフレームを作り、次の作業である、ステンドグラス工房

         オクノシオでステンドグラスを作製し、フレームにはめ込み、

         今回、建物に取り付け作業。

         作業は、工房主である津志田氏が施工(なんと現場は、新潟県)

 



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不変

2020年5月6日
不変1

 

 

         初代が、1958年6月に発売開始の「ス-パ-カブ」

         此方のモデルは、C100。オーナー曰く「1963年製」

         単純に計算しても半世紀前。

         「今でも、十分に走るし、ご近所まで行くなら、なんら不満は無い」

         恐るべし「ス-パ-カブ」

         単純な仕組みで、故障も少なく、多用途に使用され、日夜健気に

         走り回ってる。

         たぶん、一日一回はどこかで目撃する車種だろう。

         メ-カ-が推奨するメンテナンス(定期的なオイル交換)を確実に行い

         無理の無い使い方をすれば、エンジンはオーバ-ホ-ル無しで10万キロは

         走るだろう。

         世に、幾多の工業製品があるが、同一の種類で半世紀近くも、基本の形を変えず

         存在するものは、そうそう無い。

         この車両、正式にいうと「原動機付き自転車」という括り。

         自動二輪では無くて、あくまでも「自転車に原動機を付けた車両」という扱い

         確かに、昔昔の大昔には、実用自転車に、原動機を後付した車両が存在した。

         時代が進むと、専用車両が出来て、後から原動機を取り付けることは無くなった。

         そんな時代の非力なエンジン。華奢なフレーム(自転車)

         制限速度も時速30キロと決められた。今考えると時速30キロという速度だが

         時速30キロを出すのが困難だと思う。困難と言うよりも「出ない」と言う方が

         正しい表現かもしれない。

         やがて、工業技術も目覚しく進歩した。しかし法令は、未だに原動機付き自転車は

         最高速度30キロ。

         今の道路事情で30キロで走る事の方が、いかに危険極まりないか。

         速度を出す危険度よりも、30キロで走る事のほうが、どれだけ危険な行為か

         たぶん、未だにそんな事を、変えないお上の方々は、原付に乗った事が無いのだろう

         幹線道路で30キロで走る事が、どんなに危険か。一度で良いから、走ってみれば

         「最高速度30キロは危険」と認識するだろう。

         どうも、我が国は、一度決めた事は、変えない。節がある。

         なぜなのか?変化には柔軟に対応したほうが生活は、絶対の良くなるのに・・・

         そんな事を、この車両に出会い考えてしまった。 




記憶

2020年5月1日
記憶1

 

 

         人間、生活を営むのに欠かせないのが「衣食住」

         その一つである「食」

         生命を維持するだけなら、「味」などは二の次で、いかに満腹になるか

         満腹に食べられると、人は贅沢になり「いかに美味いか」を追求する

         「美味いもの」この定義が、非常に微妙。

         ある人は、「これが美味い」別の人物は「これより、あちらに軍配が上がる」

         そう、味覚の好みは千差万別。

         そこで、仲間うちで話題になるのが、このラ-メン店。

         今では、殆ど見かける事が無い屋号のお店。

         一時は、席巻する勢いで、出店していたが、それも過去の話・・・

         ご他聞に漏れず、あたしの近所にも、この店があった。

         今とは違い、外食など珍しい時代で、初めて食べたときの「味噌ラ-メン」の

         味には、腰を抜かさんばかりに驚いた。「なんて美味いんだ!」

         そんな時代も過ぎ去り、外食産業の普及も、当地茨城にも波及し、今では

         多くの外食店が存在する。

         そんな時に「○○の店は美味かった」と話題なる。

         しかし、味と言う物は、「記憶」でしか図る事の出来ない物で、比べる事が出来ないもの

         たしかに、美味く感じていただろうが、果たして現代に、その当時の物を食べて

         どちらが美味いだろうか?

         たぶん、現代の食物の方が、数段上の味だろう。下手すれば、大手のインスタントの方が

         美味いかもしれない。

         昔の味の記憶は、いつまでも「あの時の、あの味は最高で、今まで一番だ」と美化

         されがち。

         ただ、冷静に物事を捉えると、味の日進月歩で弛まなく進化してる。

         間違いなく、昔と比べたら、どんな食でも美味しくなってる。

         先にも言ったが、まずは飢えをしのぐ事。これが大前提の時代

         野に分け入り、川に魚を求めて、空腹を満たした時代。

         その時分に、獲得した、魚。確かに美味かっただろう。

         そんな、過剰なまでに美化された「味の記憶」そんな陳腐な美化が、真実の「美味さ」と

         言えるのだろうか?

         絶対に、今の食材で、今の調理方法で作った料理の方が美味いに決まってる。

         タンパク質が、貴重な時代は、川の魚だろうが、何でも食した時代とは違い

         容易くタンパク質を摂取出来る。

         それなのに、悪しき郷愁に束縛され、未だ昔ながらの人もたまに見かける。

         食でも進歩を怠り、足踏みしてる事がある。

         ダ-ウィンの述べた言葉

         「強い種族が生きながらえるのでは無く、変化(進歩)をする物が生き延びる」

         郷愁も美しいものだが、いつまでも束縛される事は、非常に危険。

 





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