ひとりごと



時間の尺度

2018年6月29日
時間の尺度1




           「関東甲信越地方が、梅雨明けしたと見られます・・・・」


           耳を疑うような出来事。でも現実らしい。


           例年だと7月の「海の日」(なにの意味で休日なのか?)前後に梅雨明け


           なのに、今年は7月に入る前に梅雨明けだって。


           こんな気候だと、稲作は大丈夫なのか?まぁ、土木技術・機械文明発達等の


           灌漑用水も整備されたので、危機的な状況では無いだろう。


           異口同音に「異常気象」「数百年に一度の異常事態」等と騒ぎ立てるが


           「数百年」と言う時間の尺度。これを人間目線で見ると、「長い時間」と


           感じるだろうが、地球の誕生からの時間の尺度からすれば、数百年などは


           取るに足りない微細な時間。


           さらに大きな尺度で、時間を捉えるならば、宇宙誕生が137億年


           地球が46億年。さらに生物が地球に現れ、「人類」と呼ばれる生物が


           現れたのが、800万年~500万年前。


           その間には、人が想像すら出来ないような、気候変動などが


           発生しただろう。そんな感覚で捉えるならば、今回の出来事などは、


           さして問題にならないであろう。


           では、何故に問題になるか?それは「人間様」の勝手な都合。     

     
           要するに、人間にとって「不都合」だからでしかない。


           誰も不都合は嫌いだが、あまりにも行き過ぎた「便利さ」を


           追求しすぎでは無かろうか。


           行き過ぎた発展の末路は、どうなるのか・・・・・
  


  


           


               



捜索

2018年6月26日
捜索1




               「すいません~。この辺で犬飼っていて、逃げられてお宅は
                無いですか?」


               同じ建設業界の身なりの見知らぬ青年が尋ねてきた。


               詳しい事を聞くと、国道(6号線)沿いで作業していた所を


               保護したとの事。


               非常に人なっこい犬。人間にも警戒心無く愛想が良い。


               「首輪に電話番号、029-8〇〇-〇〇〇〇と書いてあるので
                電話しても出無いんですよ・・・・」


               「飼い主も心配でしょうし、探して届けたいのですが、作業中
                なので・・・・」


               分かる、分かる。その心情は、心優しい青年は、自分の本心は


               「無事に届けたい」でも、環境(作業中)と言う現実で、本心は


               貫けない。


               そんな気持ちを慮り「後は、私達が対応します」


               その青年は、自分の役目を、あたし達に託して、作業現場に・・・

 
               見るからに老犬で、舌を激しく出す。喉が渇いているのだろう。


               無理も無い。今年一番の暑さだから。


               首輪の番号に電話をするが、応答なし。さて、次なる手段を講じるか

 
               逃げられる→飼い主近所を探す→見つからず途方に暮れる

 
               →公的な機関に「迷子犬」の保護が無いか問い合わせる


               と、非常にあたしの都合満載の勝手な推測をした(笑)


               廻りに居合わせた人たちも、異口同音。


               早速、役所に連絡した。丁寧な対応だが、残念ながら迷子犬に


               関する問い合わせは無し。以後問い合わせがあれば、追って


               連絡をする事。


               では、次なる手段。我々の暮らしを守る警察に問い合わせ。


               ただし、いきなり「110」に連絡は、些か問題だろう。


               そこで、牛久警察署に連絡。


               こちらも、丁寧な対応で、やり取りをしている最中に、先ほどの


               青年が再来「あの後飼い主が見つかりました」


               電話の最中の話を、一旦遮り対応していただいた警察の方に


               事の経緯を説明し、電話を切った。


               「今、飼い主に会ったので、直に迎えに来るそうです」


               何とも、責任感の強い人物だろ。仕事の忙しい最中で、


               「早く仕事をこなして、稼ぎ優先」となりがちな世の中で


               自分の仕事を中断して、わざわざ報告に来てくれるなんて・・・


               普通ならば、飼い主に会った時に「何処何処の誰さんで保護してます」


               それで、事は足りるのになぁ。今回の彼の行動には感服する。


               数分後、飼い主が来宅。驚くほどのはしゃぎようだ。


               よくよく話を聞くと、この犬「コロ」は、元々もが迷子件で、


               「愛想がいいから・・・」と言うことで、今の飼い主さんの元に


               よく言うが「犬は恩義を忘れない」しみじみと、その意味を


               感じてしまった。最近の人間社会は、どうだろうか?


               日本人の美徳の「義理・人情」はだいぶその濃度は薄らいで


               いる様に感じてしまうのは、あたしだけかな?


               
     
                  


                

   

  
  



建築基準法

2018年6月22日
建築基準法1




           
         建築基準法施行令


         高さ1・2メートルを超す場合、補強のための「控え壁」が必要と記載されてる


         あたし事だけど、約20年前に建築取得すべく、猛勉強して辛くも試験に


         合格したが、その時に何度も何度も出てきたのが、ブロック塀の設問。


         「積み上げられる高さ制限」「内部には然るべき太さの鉄筋」


         兎に角、しつこいほどやった記憶がある。


         それだけに、正しい施工を行わないと危険と言う事・・・・


         それが、今回の震災で痛ましい事故の原因になってしまった。


         たまたま通りかかり事故に巻き込まれた。「運」と言えばそれまでだが


         倒壊しなければ、あのような事は起こらなかった。


         小学校に付随する構造物だから、施工中にも現場管理は厳格に


         行うのが通常。


         あたしも、複数回「公共工事」に従事した経験が有るが、現場管理者が


         小まめに見回り、時には作業中の様子を画像に記録し、書類に添付して


         役所に提出。記入ミスがあれば、そくやり直し。


         そのときに現場管理の人物は、友人の「T原さん」


         「当然なんですよ。何か有ってからでは遅いんです。作業中の不手際なら
         その時に、正しい施工に改めるように注意喚起して、行えばその時の
         作業で時間的にも、大したことが時間で済む。それが終わった後では
         倍では効かないほどの時間が掛かる。時間で済めば良いけど、直しが
         不可能。そんな場合も有りうる」

        
         そんな台詞を思い出す。


         そこで、思ったのが、この構造物の施工中の事。

          
         学校と言う公的な物の作業なのだから、然るべき手順で施工と思うのだが


         今回一件は、どうだったのか?そのように疑問を感じてしまう。


         そこまで、いい加減な公共工事なのか?


         だとしたら、行政の責任は甚大と言わざるを得ない。


         責任を問いただしても、現在の職員では無く、その工事の時の行政の


         責任者に、事の経緯を問いただすべきではなかろか?

  
         現時点での責任者に問いただしても「誠に申し訳ない」と儀礼的な謝罪で


         正直言って、お詫びに感じない。


         情報では(真意は不明だが)2015年に市が行った防災研修で、外部からの


         講師に「このブロック塀は危険箇所」と指摘されていた。


         その後、市教育委員が16年2月に、ハンマ-で叩いて検査を実施して


         学校側には「安全である」と報告した経緯があるらしい。


         学校側からすれば「検査してもらい安全が確認できた」と認識するのは


         当然であろう。


         今更論だが、一体誰が悪いのか?そんな犯人探しをしても仕方が無い


         でも、こんな、あたしでも建築に携わる人物の端くれだけれども


         「自分の仕事には最後まで責任を持つ」何らかの瑕疵が発生すれば


         対応する。逆に言うならば「瑕疵」が発生しないように、作業に取り組む


         後での対応は、技術的な負担・時間的な負担・金銭的な負担が多大。


         そんな大変さが、身に沁みてるから、作業は間違えが無いように行う。


         それが、今回の事件事故では、そんな気持ちが有ったのだろうか?


         本来、作業中に管理する側(行政)施工する業者(建築会社)


         一部の、いい加減な人物が存在する事で、業界全体が「悪」と


         見なされてしまう事実。誠に悲しい事だ。


         こんな事だから「建築業界」は駄目なんだと思う。     


              


          


           
             
         
           
                


        



2018年6月20日
諺1





               テレビよりもラジオが好きなあたし。


               「ながら」をしながらには、ラジオ。


               視覚を要求される、テレビでの「ながら」は無理


               そもそも、テレビと言う情報媒体に、違和感を感じていて


               あまり見ない。テレビが好きで、四六時中見てる人が居るけど


               あたしからすれば、「時間の無駄」としか思えない。


               昨晩も、ラジオ(AM)をかけながらの作業をしていたら、在京の


               放送局が「ワ-ルドカップ中継」


               うすうすは感じていたが、「今夜日本の試合」が行われてる。


               開幕直前に「監督交代」など、ごちゃごちゃ問題が発生して


               話題にすら、取り上げる事が少なかった(笑)


               それが、この結果。都心部の繁華街には、あの騒ぎ・・・・


               警備に100人近くも警察は人員を割いて、警備に当たる。
               

               あのような騒ぎが起こると「本当にわかって騒いでるの?」と


               疑問の念を抱く。要するに、理由をつけて、馬鹿騒ぎがしたいだけ。


               日常生活の「ガス抜き」程度の事(苦笑)


               インタビュ-を聞くと「感動を有難う」「国民の為に・・・・」などの


               言葉を発する人が居るけど、選手は、本当にそう思ってるのか?


               選手もマイクを向けれれば「国民が後押しを・・・」などと、美辞麗句を


               並べるが本質はどうなのかなぁ?腹の中では「人のためよりも


               身の保身。活躍して今後に繋げないと」そう思ってるはずだ。


               でも、そんな本心を、一言でも発したら・・・・・


               結果は、火を見るより明らか(苦笑)


               特に、今回は「監督」が、本心では「自分の身のため」だったろう


               あの試合で負けたら、それこそ末代まで語られ続けるだろう。


               本音と建前。日本人論を語るときに、よく引き合いの出る単語


               日本人同士なら、通用するが、国際的な場面では、本音を隠し


               建前を論じる事は、通用しにくい。


               明治以前の鎖国ならば、良いのだが、好むと好まざるとで


               他国と付き合うしかない現代社会では、日本人古来からの


               美徳とされた所作が通用しない事が、多々ある。


               あと、もう一つ感じた諺が有った。それは・・・・


               「勝てば官軍、負ければ賊軍」


               人とは、悲しいかな結果しか求めない。そこに辿り着くまでの


               工程などは、殆んど目を向けない。


               悲しいかな、これが現実なんだ・・・・・・
             
               
             



飛び入り

2018年6月18日
飛び入り1




               昨日は、梅雨の中休みで、降雨の予報も無くお出かけ日和


               この時期の貴重な晴れ間なので、お出かけ~


               お出かけと絡めて、県北に用事があるので、県北方面に


               向かう。休日の早朝は、平日の道路事情とは、全く違う様相で


               交通量は、閑散で快適に走行でき、移動時間も、平日とは


               比べるまでも無く短縮できる。


               本来は、このような状況の交通事情が正解なので有って、平日は


               異常な状況。


               なんのストレスも無く、快適な走行で県北に到着すると、


               用事を済ませて、走ろうかと計画していたが、先方に連絡を


               すると、「〇〇に居るから、そこに来て~」と言われ行って見ると


               そこは建築の作業場。しかも大きい、更に多くの人々が集ってる


               話を聞くと、「一般参加者を集い縁台造りの工作教室」


               その手伝いだけど、指導する人が足りない・・・・


               そんな事情を聞いたら、用事を済ませて、帰る事は出来ないでしょう


               迷惑でなければ、お手伝いしましょう!快諾して、早速お手伝い


               最初は、「ここ、どうやるんですか?」そんな質問に答える程度だったが


               だんだん、時間が経つに連れて、作業の遅い参加者の作品は


               指導ではなく、作業行う事が殆んど(苦笑)


               正直言って、自分で作業するなら、機械加工をする場面も


               手道具加工。これが少々かったるい。


               でも、手道具を駆使して作るのは、体には多少負担になるけど


               作業自体は、非常に楽しい~


               今回は、突発的な出来事で、自前の道具は、何も無くあるのは

               
               自分の身一つ。それでも、そんな事が出来てしまう。


              「道具は盗まれて無くなる事があるが、覚えた技術は盗めない」


              そんな台詞を、思い起こした。手を貸して、参加者各々が


              完成させた縁台。出来上がると、満面の笑顔で喜び


              「有難うございました」と声をかけて頂くと「良い事したなぁ」


              と、こちらも嬉しくなった。


                  



記録方法

2018年6月15日
記録方法1




               入手経路は、不明だが何故か手元にあり処分できないカメラ


               名機・オリンパス製ペン


               要修理の状態だが、手を尽くせば修理は可能らしい・・・


               そんな「フイルムカメラ」つい先日、光学機器大手の「Cヤノン」が

   
               フイルムカメラの生産を中止した。


               デジタル化の進歩が著しく早く、フイルムカメラは駆逐され


               企業として採算が難しくなっての事であろう。


               企業を存続させるには、「不採算部門」の切捨ては止む無し。


               しかし、使う側からすれば「もう少し存続を・・・」そんな要望も


               有るだろう。


               この問題は、工業製品には、よく有る問題で「造る側(売る側)」と


               「使う側」の製品に対する、温度差を感じてしまう。


               「使う側」は末永く使いたい。故障の時は修理で対応を


               「造る側(売る側)」は、修理より、後発製品の購入を


               往々にして、我が国の工業製品は、他国に比べ「買い替え」を


               推進する。


               この姿勢のお陰で、我が国は経済発展を遂げたという、意見もある


               造る側(売る側)は、企業の増益増収は、なにを差し置いてもの


               優先事項。それ沿うような経営戦略をとるならば、


               「古きを捨て、新しきを入手」させるのが手段。


               あの手、この手で、購買欲をかき立て、庶民を煽った。


               ただ、この手法も、昨今は通用しない傾向にある。


               まぁ、したたか企業は、新たなる「あの手、この手」で庶民の


               購買欲を刺激するのであろう・・・・


               そんな「カメラ」だけど、極論で言うならば「記録する道具」


               写真が登場する以前は、絵という手法で記録に留めた。


               ただ、問題は「正確さ」この観点に問題がある。


               そこで、人は「より正確に、より鮮明に、より簡単に」を目標に


               研究開発し、今日のデジタル化にたどり着き、今に至る訳だ。


               ただ、デジタルの「記録」がどの程度存続するのは未知数


               「半永久」と言う意見も有れば、「数十年」意見はまちまち。


               要は、「実験的時間経過」の数値な訳で、実際に100年経過は


               存在する訳が無い。


               方や、フイルムは、百数十年経過して、存在する物も有る。


               この先、デジタルの保存が増えるのは当然だろが、記録として


               未来永劫に存続するのかは、甚だ疑問である。


               ある人物が「究極の記録方法は、天然の墨で木に書いた物」


               そんな事を言っていたのを思い出す。


                 



選別

2018年6月11日
選別1




                    事件の動機は?


                    「ムシャクシャして、誰でもよかった」


                    また、こんな台詞だ・・・・


                    「ムシャクシャして、人に危害を加える」


                    そんな事がまかり通るなら、このストレスが多い現代


                    あちら、こちらで事件多発。


                    何回も言うけど、腹立たしいのは「誰でもよかった」


                    事件の加害者を見ると、絶対に自分より弱そうな人物


                    男性は、言うに及ばずで、婦女子を狙う。


                    絶対に、選んで危害を加えてる。そう思える。


                    これが、「誰でもよかった」だとして、隣の席に、屈強な


                    強面な人物で、その人に危害を加えるならば


                    先の台詞「誰でもよかった」が通用するが、この手の事件で


                    屈強そうな人物に危害を加えた事例は、あたしの記憶では


                    皆無・・・・


                    そんな理不尽極まりない事件に巻き込まれ、


                    不幸な結果になりうる現代社会。


                    何が悪くて、こうなるのか?


                    処罰が生ぬるいから、犯罪を引き起こす。そんな意見も


                    耳にする。この意見には賛同できる。


                    処罰を厳しくして、「抑止力」の効果を持たせる。


                    この「抑止力」と言うのは、国際社会情勢でも最も


                    重要で「打てるなら打ってみろ。打ったら、どうなるか」


                    そんな無言の圧力をかけられる「力」が無いと


                    生き馬の目を抜く、だけでなく尻の毛も毟られる。


                    そんな情勢なのに、未だに「話せば分かる」などと


                    能天気な思考では、騙され身包みを剥がされるのが


                    関の山。


                    力には力でしか対抗できない(残念ながら)


                    理想を掲げるのは、大いに結構だが、現実を捉え


                    事に当たるのが重要ではなかろうか。    
    



国字

2018年6月8日
国字1




              
               「虐待ではなく、躾だった・・・・」


               こんな台詞、都合よく使いすぎ。


               そもそも「躾」と言う文字は「身」を「美しく」と書いて躾


               この文字は、「国字」と言われて、日本固有の文字


               まさに、日本人のよき表現を文字に表した、素晴らしい言葉


               なのに、この美しい文字を、乱用して「虐待」を「躾」と平気で


               摩り替える・・・


               日本人の精神構造も、地に落ちたものだ。実に嘆かわしい。


               躾といえば、痛みを伴う罰も許されるのか?


               許されるといえば、許されるが、否と言えば、否でもある。


               「言って聞かせれば、分かる」と言うが、聞かない時も多々有る。


               最終手段は「力」をもっての、言い聞かせる方法に出るしかない。


               さて、「躾」だが、ある研究者は着物の「仕付け(糸)」に結びつくと


               唱える意見がある。


               こちらの話は、ここでは割愛させていただき、後日に・・・・


               言葉と言うのは、便利な道具で、個々の解釈で、如何様にも


               受け取れて、見解も大いに変わる。


               早朝4時に起きて(起されて?)文字の書き取り。


               一般論なら、「虐待」と捉えるのが、大多数の意見


               だが「将来、勉学が出来ないと困るから、早期に学ばせた」


               そういえば、たんに行き過ぎた教育と解釈出来てしまう。


               そんな言い訳を、許してしまう風潮が、見受けれれる。


               でも、どう考えても「苦しい言い訳」でしかない事の方が


               多いように感じる今日此の頃。


                

              
              
                    



梅雨

2018年6月6日
梅雨1





                いよいよ、今年も、この季節になったか・・・


                連日「ジメジメ」「シトシト」の憂鬱な日が続く梅雨


                湿っぽくて、嫌な季節


                でも、梅雨に長雨が無いと、稲作は困る


                稲作農家だけでなく、梅雨を歓迎してる方もいる


                それは「コインランドリ-経営者」


                「雨が続けば、売上が伸びる」一般家庭でも乾燥機が


                普及してるが、そこは業務用の乾燥機。乾く時間が違う


                大半の人は、「長雨は、嫌い」 



最初で最後

2018年6月4日
最初で最後1





               奇跡と言っても過言では無いであろう。


               今から約120年前の、建築図面が存在するという現実。


               しかも、ガラスケ-ス越しでなく、手に取ることが可能な環境で


               先週の土曜日、龍ヶ崎一校の文化祭で、特別に展示。


               残念ながら、建物は解体されてしまった・・・・・


               誠に残念、今ならば改修保存されていただろうが、時代が悪すぎて


               「古いものは駄目」そんな風潮で「新しい物最高」


              部材の一部は、心ある人物の尽力で、保管されて当時の遺構を


              垣間見る事が出来る。


              噂には聞いていたが、この図面を元にして、県内に同じ講堂が


              4棟存在していた。今でも存在してるのは4棟中、1棟が現存


              それが「太田一校」実は、この講堂は年に一回、一般公開され

           
              何回か見に行っている。


              太田一校で、公開されてる時に、学校の関係者と会話を交わしたが


              「この講堂は、我々の自慢でもあるし、誇りです」


              古いものを維持管理するのは、並大抵では無い。


              だからこそ、価値が有り感動を与えるのだろう。

  
              あたしも、建物を建てる職業を生業にしてるが、後世に残り


              感動を与えられる建物を残せるか・・・・・



銘菓

2018年6月1日
銘菓1



               こんなチ-プなのから、超高級なのまで存在する「御菓子」


               高級品だと、贈答用でお土産にもなる「バ-ムクーヘン」


               そう考えると、不思議な御菓子。


               ドイツの銘菓と言うのは、無学なあたしでも知っていた。


               木を輪切りにした様相で「バ-ム」はドイツ語で「木」

           
               日本語表記だと「バ-ム」と発音するが「バウム」と発音する方が


               ドイツ語に近いらしい。 


               「ク-ヘン」は「年輪」。まさに「木輪切り焼き菓子」


                           一般的には「ドイツを代表する御菓子」と言う認識が強いが


               なんと、なんとドイツ本国では、さほど認知されていないという事実。


               ドイツ人に聞いても「知らない」「聞いた事は有るが見た事無い」


               そんな返答が返ってくることがあるらしい。


               では、なぜにドイツからすれば、極東のこの日本で、これだけ


               一般的な御菓子となったのか・・・疑問が残る。


               先ず、この御菓子が日本で初めて知れたのが、戦争の影響とも


               言える。この御菓子はドイツ人の「カール・ユ-ハイム」が


               大正8年(1919年)3月4日に「広島物産陳列館」で開催された


               展示即売会で販売されたのが初めてらしい。


               さて、なぜに「戦争の影響」かと言えば、カール氏がなぜ日本に?


               鋭い方なら、大正8年頃と言えば、お分かりかと思うが、この時代は


               第一次世界大戦が終結した頃、日本は連合国で、この時は勝戦国


               中国大陸では、ドイツと一戦を交え勝利し、捕虜を収容。その収容所が


               大阪に有ったが、わけあって広島の検疫所に移送。


               そのときに作成したのが「バ-ムクーヘン」と言う訳。


               その後世界大戦も終わり休戦協定を結び、晴れて解放となったが


               色々な事情で、日本に止まり、生涯を終えた。しかも無くなったのが


               昭和20年8月14日・・・・


               第一次世界大戦で、捕虜になり好むと好まざるとで来日
               (来日と言うよりは、連行か)


               製作した御菓子が「広島物産陳列館」これまた戦争に関係する


               建物で、今の時代では「原爆ドーム」と名称を変えて、世界遺産


               更に、亡くなった日時が第二次世界大戦の前日


               このことを見ると、何気なく食してる物にでも、歴史が関与してる


               そんな事を感じてしまう。



               さて、「本国(ドイツ)では、一般的でない御菓子が日本で受けてる」


               その訳だけど、個人的な見解で、「木材の年輪」は非常に目出度い


               そんな意識が働き、受けたのでは無かろうか。


               年輪を目出度い。そう解釈するのは、日本人独特の感性が作用し


               「積み重ねる」これを美徳とする感性ではなかろうか。


               更に、祝い事の引き出物では、「見栄っ張り」の感性で


               「大きく、見栄えが良い」この要素がマッチしているのでは、


               無かろうかと個人的に推測する。


               しかし、本国では知られていないものが、他国で浸透する。


               もしかしたら、日本では、殆んど知らない物が他国では


               知らない人は、居ない。そんな現象も有るのかも・・・・


               あっ、居た居た。ブラジルで活躍した芸術家が


               大竹富江。ブラジルでは有名だが、日本では殆んど認知無し


               この話は、又の機会に・・・・・・・     
                




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