ひとりごと



基本の基本

2018年4月30日
基本の基本1




              人類が幾ら進化しようとも、無くならないのが欲求


              3大欲の一つである「食欲」


              生命を維持するのには、大変重要で、単に生命維持の観点なら


              「美味い」と言う概念は、二の次三の次・・・「兎に角満腹」が最優先


              そんな考えは、人類がまだ野生に近い頃の話であろう。

     
              ただ、格差社会といわれるようになった現代社会では


              「味より満腹感」と言われる事も有るが、絶対的な食料の量は


              足りてるのだから、分配方法に問題有りで、絶対的空腹は


              無いように思える。


              そうなると、次は「同じに満腹になるなら美味く食べる」


              この欲が出てくる。これは致し方なく当然でしょう。


              今回の画像は、自然災害時にも活躍する方々の食事の一例

            
              「食事が不味いと士気に関わる」「美味い食事の提供が任務」


              さすがです。確かに極限の作業に従事するのだから、せめてもの


              喜びは食事でしょう。


              まぁ、ここまで究極な話をしないでも、極々一般家庭でも


              食事は重要。あたしの経験からの話だけど、知りうる限りで


              家庭がギクシャクしてるお宅、まあ色々な原因があるが


              大概が「食事のお味が・・・・・」の味


              そう、ギクシャクしていても、腹は減る。腹が減れば食事をする


              その食事の味が「・・・・」ではねぇ~


              誰だって美味い食事で不機嫌になる人は、まず居ない。


              家の中がギクシャクしていて出てくる食事が、不味ければ怒り倍増


              それよりも、その素材(肉・魚・野菜など)に申し訳ないでしょう


              幾ら家畜で生産動物でも、命を頂いてるんだから。


              それを、不味く調理して、不機嫌で食べる。こんな事しては罰当たる。


              調理にしても「ただ焼く」「ただ煮る」そこに時間にして数分の一工夫で


              格段に美味くなる事が有るのに。その手間を惜しみ不味くする。


              逆に「どうすれば、こんなに不味く出来るの?」そう思う食事を


              ご馳走になったことも有る。ただし、ここまでの話で勘弁・・・・


              思うに、「美味い物を食べた事が無い」だから、こんな味、こんな


              調理。そうなんだろうなぁ。


              まぁ、食事だけでは無いけどね。建築だって同じで、同じ木材を


              使っても、一工夫の仕事(間取り等)を行わないと駄目


              まして、今は、一般の人の方が情報過多で知識は豊富
              (まぁ、この現象も良し悪しが有るが・・・)


              要するに、常に「興味を持つ」この姿勢が大切。


              確かに、昔の成功事例に縋り、それの繰り返しならば楽。


              昔事を全否定はしないが、往往にして昔の成功事例に


              縋ってる人は、取り残される。


              確かに「ぶれない」そんな物も必要だが、大概のものは


              時代に即した変化を求められる。


              その求めに応じられてこそ、一般から受け入れられて


              栄える事ができるのではなかろうか。 


                         



一般公開

2018年4月23日
一般公開1




               去年の今頃に、偶然に見学して企画が、今年も開催され


               昨日、行って来ました。


               国立研究開発法人・物質材料研究機構


               何とも、お堅い名前の施設(苦笑)


               普段は、あたしのような身分では、立ち入り禁止で、進入すると


               警備員に取り囲まれて、然るべき法的処置を受けて、これまた


               法的な制裁を受けるであろう。


               まぁ、入ることが許されるのは、施設の営繕作業でもあれば


               立ち入る事も出来るかなぁ・・・


               そんな、特別な場所に、昨日は堂々と立ち入る事が出来た。


               あまりに、見るものが多く、画像を撮るのも忘れたくらい
               (だから、今回の画像は、施設のHPを引用)


               兎に角、日本の最先端研究が、目の前で見られる。


               職員さんの話では「素材に特化して、国が後ろ盾なのは
               ここだけ。と言っても過言では無い」


               益々、見学できる事が有り難くなる。


               そんな、お堅い施設で有りながら、対応してくれる職員さんは


               非常に気さくで、好印象~


               あの雰囲気は、いやいやに対応してるのでは無く、本当に


               丁寧な対応と見受けられる。


               今回は、この施設に興味がある、友人と2人で見学したが


               同行した友人も、施設にも驚いたが職員の対応にも感嘆していた


               物質など科学的解析など、分からない一般人のあたし達にも


               懇切丁寧に解説してくれた。


               今回、同行した友人が、偶然にも去年、あたしが感じた事を


               もらしていた。


               「あの人たち、給料貰いながら、施設の設備を使い実験して
                るんだ・・・」


               そう、その通り(大笑)


               しかも、民間と違い、研究成果を儲けに考えなくて良い。


               それが、民間企業だったら、「投資した分は利益に・・」


               でも、それが悪いとは思わない。資源無き国が、世界を相手に


               競争する武器として「英知」と言う武器を持つのは当然。


               このような施設で有意義な研究開発に公的な資金が投入


               されるのは、大いに結構と思う。


               今回、一番興味が有ったのは「人体の熱で発電する装置」


               いかにも開発途上な感が、にじみ出てるユニットだったが


               手を翳すと、弱い光だが発光する。


               「まだまだ実用化には程遠く、研究者が多くなり、知恵が
                多くなれば、技術の進歩は早まる」


               「現在の時点で、この仕組みを自動車に取り込めれば
                排気の熱で、発電が理屈的には可能になる」



               「ただし、某Tヨタさんは、あまり乗り気ではなくて、某Hンダさん
                の方が、好感触でこの研究に興味があるらしい」



               やはり、そうかと思ってしまった(笑)


               それにしても、見たいものが多すぎて、一日では見切れ無い


               願わくば、2日間の見学に成らないものかと思ってしまう。     
  



禁制

2018年4月20日
禁制1





                幾分、騒ぎは沈静化した様相の「相撲界の女人禁制」


                なぜに、土俵に女性が上がる事がいけないのか?


                協会も「駄目」ならば、きちんと説明を行い、皆を納得させれば


                いいのではなかろうか。そんな意見も上がってる。


                個人的な見解で、なぜ駄目なのかを考察すると、相撲と言う


                ものが何たるか?そこから考えないと駄目かもしれない。


                以前にも書いたが、相撲は「競技・神事・興行」の要素で成り立ってる。


                この3要素がきちんと整っての相撲な訳であり、どこか一つでも


                抜きん出てしまうと、相撲が相撲で無くなる。


                女人禁制の訳。色々訳があるだろうが、土俵=神聖な場所


                なぜに神聖な場所には、女性が立ち入れないの?


                哺乳類は、殆んどの生物で子孫を宿す、女(雌)には


                生物学的に有り得ない現象が、定期的に訪れる。

    
                その現象を、日本人古来からの社会風習で、忌み嫌い


                不浄のものと捉え、神聖な場所への立ち入りは

          
                禁止されたのではなかろうか。


                更には、あんな大男が激しくぶつかる土俵は、危険な


                場所なので、そんな危険な場所に、子孫を宿す女性の身に


                危険が及んでは、大変だから、立ち入りを禁止したのでは?


                またまた、神様は女性で、土俵に宿る神様が、上がった美しい


                女性に嫉妬をして、神の怒りをかって、力士に災いが降りかかる


                そんな意見も有るとか、無いとか・・・・


                そこで、「どうしても上がる!」そんな女性を角が立たないように


                諦めさせる方法は、三番目の「神様は女で、あなたのような
                絶世の美女が、上がると嫉妬して、土俵に災いを被ります」


                どうよ、誉めれて、機嫌を損なう女性は、まずいないでしょう(笑)


                まぁ、この話は極端な話だけども、「駄目」の一点張りではなく


                きちんと、そのような経緯になった経緯を説明すべきでは


                無かろうか?

             
                そうそう、今回の事件の発端は、緊急事態でも関わらず


                上がらないで下さい。そう言われたから、騒ぎになったんだ。


                極々一般の社会生活は「男子禁制」のこんな場面に遭遇


                「限界点で、もう駄目だ!!」そんな状況で、このトイレ


                幸か不幸か、「空」の青い表示。入って用をするのは駄目?


                男性は緊急事態。そんな状況でも「ここは女子専用」と


                言われて、使用不可なのか・・・・  
                  
             



度量

2018年4月20日
度量1




               先日の、 4月11日は、こんな記念日だった。


               大正10年に世界的な単位の目-トルを使う事に決める

               

               メ-トル法が日本で公布された。


               完全に実施されたのは遡り昭和34年で、尺貫法を用いない


               そのように「お上」の厳罰化されたのが、昭和41年の


               3月31日以降だったらしい。


               大先輩の職人に当時の話を聞くと「公共の仕事では尺の
               差し金は使用禁止!!」


               今では、考えられない状況だ(苦笑)


               そもそも、基本の寸法が「尺」なんだから、無理にメ-トルを


               用いるから、混乱する。


               住宅などは、その際たる例。柱と柱の間隔は、909、次が


               1818、そんな具合で、基本は、909の倍数


               昨今では、909ではなくて、910になることが多い


               この909と言う、誠に半端な数字だが、尺に置き換えると


              909は、3尺となる。1818は6尺、6尺が1間。


              厳密に言うと「間」の使い方は、6尺=1間は明確に決めた訳では


              無くて、「1間はおよそ6尺」


              だから、明治以前の建物などは、柱間の1間が6尺とは限らない。


              あたしなど、仕事中は、尺で思考して作業しないと、どうも駄目~


              メ-トルだと、4桁の数字になるが、尺だと1桁だから、計算するのも


              容易く便利だし間違いが少ない。


              今の時代は、尺を用いて作業をする事に対して、厳重な罰則は


              無いが、昭和41年の時代は、「尺を用いるべからず」と


              お上の大号令で、処罰されたとか・・・・


              現場が混乱する状況が容易に想像できるなぁ~


              確かに、鎖国の時代で「日本は日本だけ」で世の中が成り立てば


              度量は、その国固有のもので、事が成りたつが、無理な話。


              この問題に、異を唱えたのが今は無き「永六輔氏」


              一時期は、尺を用いると、厳罰な処分を受けるという、今では


              考えられない事態で、これに憤慨した永六輔氏が、各方面に


              呼びかけを行い、法律の改正は為しえなかったが、厳罰な処分は


              その後、沈静化し尺を用いる事は黙認され、今に至ってる。


              仕事中は、物の長さは瞬時に「あれは4尺5寸かな」と考えるが


              仕事を離れて、趣味の二輪を触ると、「この寸法は1200かな」と


              考えてしまう。


              意識してでは、無意識にそう思えてしまう。我ながら不思議だ・・・・  


               



情熱

2018年4月18日
情熱1




              レストア途中の車。


              これを見て、車種を言い当てられたら、相当の人物(笑)


              昨今流行の、旧車よりも、更に古い年代。言うならば


              クラッシックカーと呼べるレベル。


              このレベルになると、単なる車では無く、文化財と同等のレベル


              オ-ナ-は、あたしの古くからお付き合いしてる先輩。


              さて、この車種分かりました?


              正解は、「プリンススカイラインピックアップ」


              これを聞いて「あぁ、あれね」と頭に思い描けただけでも


              相当のマニアとお見受けする。


              一説には、現存する固体は、この一台だけだろう。そんなレア度


              それを、数々の困難を乗り越え、ここまで仕上げた情熱は脱帽


              たぶん、日産のミュ-ジアムにも無いであろうと思われる車種


              車体のレストは「80%完了」の状態だが、まだまだ問題は


              山積~


              なにせ、実車の資料が殆んど存在しないのだから、推理推測で


              作業を進めることもあるらしい。


              例えば、後ろの窓。形状はア-ルがかかった形状。


              そのア-ルが、どの程度のア-ルなのかは、誰一人として知らない。


              そんな「考古学的推測」の要素で、困難を乗り越える。


              本当、その情熱は凄まじい。


              そこで、思ったのが「日本に一台。と言うことは世界に一台?」


              ただ、プリンスは海外に輸出していたから、可能性は殆んど無いが


              もしかしたら、地球上の何処かに存在するかもしれない。


              ただ、その可能性は、限りなくゼロに近いであろう。


              世界に一台?となれば、ランボルギ-ニの「ミウラ」より希少


              オ-ナ-曰く「あと何年掛かるだろう・・・」


              そう、このような特殊な車は「何時何時まで完成」そんな野暮な


              事は言わない。「完成は仕上がった時」その位の器量で、


              取り組まないと駄目らしい。


              噂には聞いていたが、実物を見たのは初めてで感慨深かった。   



練習

2018年4月17日
練習1
 




               昨日のネタの続きのような内容。


               昨日は「実戦」での削りの話だけど、画像をパソコンの


               画像をサクサク見ていたら、こんな画像があったのでアップ


               砥いだ後に、試しに削った時の画像

 
               材料も目の良い材を厳選して削ったもの

 
               材が良ければ、これだけの削りは、可能と言う一例


               昨日の話では無いが、実戦ではこんなに良い材は、殆んど


               遭遇しない(苦笑)


               まぁ、坪単価にしたら、坪あたり100万円を越える単価なら


               吟味した材で、手の込んだ手仕事で、こんな芸当で作業も

            
               行えるだろうなぁ~


               今の世の中の情勢では、こんな事が可能な仕事は、殆んど


               有りえないであろう・・・まぁ、寺社仏閣専門の社寺大工ならば


               行っているだろうが、家大工では、可能性は低いの現状。

               
               坪100万円。そこまで掛からないにしても、大手の住宅会社の


               最上級仕様になると、坪単価で100万に近い金額になることも


               有るらしい・・・


               流石、その単価の建物はデザインは素晴らしく、見栄えは最高

          
               ただし、使用してる材は・・・・・

           
               銘木を使うわけでなく、「工業製品」の見本市の様相(苦笑)


               貶す訳では無いが、作り手の技術では求めていない。


               画一的な、製品でしかなく、作り手の思い等は微塵も無い


               無機質なものでしかない。


               建てる側は、自分の一生を賭けて建てるものが、これで


               いいのだろうか?


               まぁ、日本の住宅に関する事情は、諸外国からすれば異常で


               築年数20数年で資産価値が0円。こんなの事は、


               有りえない事。


               以前にスイスに在住していた人にスイスの住宅事情を聞いたら


               「一代目で、家を建てる。二代目で家財道具を揃え
                三代目で、美術調度品を揃えて完成形になる」


               住宅に住まう事が「100年」と言う時間の流れで


               営まれてる。本来はこれが当然の事で、何度も言うが


               日本が異常な状態。


               欧州では、家具ですら100年は使い続けるのが当たり前


               しかも、新しい家具より、古く使い込んだ家具が珍重される


               経済を優先するならば、「大量生産、大量消費」が経済には


               好都合。ただ、この経済も先行きが怪しくなり、そんな手法も


               手詰まり感が否めない。じゃあ次の手法は?それが見つからず


               行き詰まりで、世の中閉塞感が覆いつくす。


               経済の次の一手!果たしてどんな手が有効なのか・・・


               あたしのような凡人には、及びもつかない(大笑)   
 
   
        



実戦

2018年4月16日
実戦1




                     面白い仕事が舞い込んだ。


                     桧の大判。4尺(約1,200)×1尺5寸(約450)


                     この寸法を2枚。「削っていただきたいのですが・・・


                     「サンダ-仕上げでは、駄目で鉋仕上げで・・・・


                     「サンダ-仕上げなら、正直言って他でも出来るのですが
                      鉋仕上げでお願いすると、断られてしまいまして・・」


                     そんな事情で、あたしにお鉢が回ってきた(苦笑)


                     「出来ますか?」


                     「まぁ、何とかやってみましょう」


                     さぁ、実戦。日ごろ(最近はサボり気味~)から


                     鉋の調整は行なっていたので、直に執りかかれた


                     「そんな出番の無い道具の手入れをしても意味無い」


                     「削りやすい材で、削っても意味無し」


                     そんな冷ややか意見を多々耳にして、散々言われた。


                     それでも続けてきたのは、何でだろうか?


                     「意地」それもあったかも知れないが、本質は


                     「好き」だからだろうなぁ。上手く研げた時の


                     満足感は、研ぎの作業にのめり込んだ人にしか


                     分かりえないであろう境地(少し大げさな言い回し)


                     大体、意見を言った方々の、「研ぎ」を備に見ると


                     「あぁ、このレベルね」が殆んど。(苦笑)


                     偉そうに言う、あたしだってレベルでは、まだまだの


                     レベル。ただ、言えるのは、多くの「研ぎ」を見聞き


                     している。「あの人、上手いよ」そんな噂を聞けば


                     話を聞き、手ほどきを受ける。


                     ただ、手ほどきを受けても最後は、自分で「砥ぐ」


                     上達の方法は、これしかない。


                     「1より2.2より4」要するに経験値の蓄積が肝心。


                     ただ、言われたのが「正しい方法(研ぎ)を習得する」

                    
                     「習得したら、会得しなさい」


                     何とも深い台詞だったなぁ。


                     恥ずかしながら「習得と会得」この意味を


                     深く理解していなかった。


                     「習得とは、習い覚える事」


                     「会得とは、理解し自分のものにする」


                     鉋という道具ほど、単純な道具は無い。しかし


                     正しく道具としての理屈を理解してる人物は少ない。


                     たぶん、本当に理解してる人は、数パ-セント。


                     こんな状況で「玄人」を名乗り、仕事の報酬を頂いて


                     良いのだろうか?報酬を頂くのであれば、


                     報酬を出す側が、唸るような技を見せなければ


                     「玄人」とは言えないであろう。


                     あたしの仕事は「物売り家業」では無い。

 
                     何を売るのか?気障な言い方をするならば


                     「技術を売る」要するに、誰でも彼でも出来るような


                     技術では、誰も見向きはしない。


                     一般の人が唸るのは当然で、同業者が唸る


                     そんな技術を身につけたい。そう思うのだが


                     なかな技術の向上は、難しいのが現状なのね(苦笑)



                     さて、肝心の「仕上げ削り」だけど、なかなか実戦は


                     練習と勝手が違い、手間取る~


                     でも、この作業が楽しく思えるのは、何でだろうか?  


                     


                     


                    



                     
                 


                     


                     



薬と毒

2018年4月14日
薬と毒1




                          病になると、縋るのが「お薬」


                     人間は、病になると薬を服用したり、患部に塗り


                     病を克服した。


                     しかし、野生生物は、どうか?


                     人間と違い、野生動物は「病・怪我=死」の可能性が


                     非常に高い。


                     この状況を、人間に当てはめたら、どうだろうか?


                     おそらく大変な事に成りうるだろう・・・


                     しかし野生動物は、そんなリスクを微塵もなく


                     野山を駆け回り、空を羽ばたく。


                     野生動物は怪我をしても薬を塗るわけでもなく


                     薬を服用する事など、有りえない。


                     人からすると「非常に過酷」と思えるが、野生動物は


                     「薬」と言う概念が無いから、過酷と思える状況も


                     過酷とは思わない。


                     過酷と思うのは「人間の勝手な解釈」ですかない。


                     そんな薬だが、一説には「薬と毒は紙一重」と言うらしい。


                     そんな薬だが、服用薬は、多くが「食後に服用」が多い


                     個人的な見解だが、数名で食事をしていて


                     食事中の人が居る状況下で、薬を服用するのには


                     あたしは、非常に違和感を感じる。


                     理由は「薬と毒は紙一重」

               
                     生命を維持する「食事」の場にそんな「毒」にも


                     成りうる物を他者の前で服用するのは如何なもの


                     そう思えてしまう・・・・


                     まぁ、服用薬は、多少我慢出来るが、絶対に

                
                     立腹するのは、患部にじかに塗ったり貼る薬


                     これを食事の場で行われる事には、怒りを感じる。


                     その人物の人間性を大いに疑ってしまう。


                     所作としても、全くもって「最低の行い」と言えよう。


                     全くもって、失礼千万!!
 
    





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