ひとりごと



四半世紀

2017年8月31日
四半世紀1




               珍しく、注目された、我が郷土の県知事選


               注目されたのは「多選」が長きに渡り行われたから


               さすが、県知事選となると、あたしの住むような僻地には


               ご本には、遊説には来ない(苦笑)


               駅前には、元総理大臣のご子息(現国会議員)が


               応援演説に来た。偶然聞いたけど、当たり前だけども


               演説は聴衆者を引き付ける内容。


               こんな時の、話の内容は、対立候補の誹謗中傷に


               近い内容かなぁ(苦笑)


               応援演説が終わり、候補者(今は当選したから時期知事)の


               奥さんが、代理で演説を始めたときには、応援に来ていた


               K泉代議士は、抜かりなく、聴衆に歩み寄り、握手に応える


               大変なのは、要人警護方々・・・・


               もう、そうなると、候補者の政策理念等は、取るに足りない


               「K泉代議士、いいよね~」「この人が推薦するから入れよう」


               少なからず(大多数?)が、そう思い、一票を投票したはず。


               「政は、数の論理」そんな事を言った代議士もいた。


               更にこんな名言を残した代議士もいたなぁ


               猿は木から落ちても猿だが、代議士は選挙に落ちれば
              ただの人だ

              
              
              
今回の画像の人も、今ではただの人・・・・・・  
 


                



効果

2017年8月30日
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           このバスを見て「あれ~」と思った方は、公共放送連ドラのマニア


           なんだ、かんだ言いながらも、そこそこ評判の良いドラマ


           「ひょっこ」で「北茨城村」を疾走?した、あのバス


           数週間前に、県北に行ったときに、偶然に遭遇~


           搭乗走行は、既に予約で満席(そんなイベント知らなかった)


           「時間までは、乗って大丈夫ですよ~」


           こんな機会は、滅多にないぞ。


           今のバスを見慣れたせいか「小さい」大きさに比例して、席が少ない


           聞くと、昭和50年代中ごろまで、現役で路線バスで運行


           その後は、イベント運行で年に数回の運行で、完全引退は


           昭和60年初めの頃だって。


           よく言われることだが、古い物は、余計なものが装着させていな。


           だから、故障しても何とか直る。


           そのような手をかけてるお陰で、今でも走行可能な状態


           そんな話を聞きながら、熱心にシャッタ-を切る人物がいた。


           「やはり、古い車がすきなんですか?」とあたしが問いかけると


           「いいえ、ひょっこのマニアなんですよ~。この席は〇〇さんが
            第〇〇話に座った席で、ここの席は、△△話の××のシーンで
            ・・・・・・」


           熱く語ってくれた。


           口では「そうですか、そうですか」と頷いたが、気持ちは裏腹で


           共感できない自分が、もう一人存在したのは、言うまでも無い(笑)


            
               



飴と鞭

2017年8月29日
飴と鞭1




        早朝、防災無線が、けたたましく鳴り響く


        我が家は、聞こえ難い環境なので、耳を欹てると


        某国が何かしらを飛ばしたので、注意するように・・・・


        しかし、あの国も、もう末期状態なのか?


        冷戦の狭間で、旧東側陣営に、意図的に祭り上げられた国家が


        冷戦終了で、「もう、利用価値無し」と思われていたが、自称「大国」


        日本からの政府援助をもらう時は「発展途上国」と、二枚舌を使う


        あの、お国が「ここ、まだまだ利用価値有り」で、生かさず、殺さずで


        手なずけてる(笑)


        しかし、我が国も、舐められたものだ。自国の領空をミサイルが飛んでるのに


        飛び去るの待ち、落ちたら気をつけましょう。


        例えれば、自宅に泥棒が入りそうな時、威嚇するのでなく「侵入するな」と


        願いながら、静観して、万が一に侵入したら、泥棒が帰るのを、見てるだけ


        こんな状態でしょう。


        報道は「粘り強く、話し合いを・・」と理想論を翳すが、そんなのは


        お花畑の理想境の夢物語(大笑)


        あの国は、例えるならば「猛獣」


       猛獣使いは「飴と鞭」で手なずけるが、飴はあげ過ぎると、付け上がり


       言う事を聞かなくなる。


       そこで、手荒だが「鞭」の出番


       単純に考えても、人間に限らず、動物全てにおいて、他者に服従するのは


       自己より、他者が屈強な時のみ。


       動物だと、単に「力」の強弱で、服従、非服従が決まるが、人間になると


       力の概念も、単純に「腕力」だけでなく「経済力=お金」の方が、むしろ


       腕力より威力を発揮する。


       そこで、経済制裁を下すが、屈服せずに、ミサイル発射~


       こうなると、いよいよ「鞭」の出番か~


       鞭を持っていても「あいつ、使わないし、使えないから」と思われ


       舐められっぱなし。これじゃ駄目でしょう!!


       毅然と「自国の領空・領土」に不法に侵犯するもは、徹底的に排除!


       何度も言うが、理想論は「話し合い」であり、いきなりに「殴り合い」は


       あたしも賛成しかねる。


       ただ、もう話し合いは時間の無駄でしよう。


       話し合いでも、相手が上げた拳を下ろす。それ位の話の内容ならば


       話し合いで解決!も有るだろうが、そんな内容も無さそうだし・・・・


       言っても駄目ならば、痛い思いをするしかない。


     
                      



不安

2017年8月21日
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            人間、誰しも、多かれ少なかれ「不安」は、有るもの


            大資産家で、金銭には不自由する事の無い人にでも、不安は有る


            金銭に難儀して「あぁ、金さえあればなぁ」と嘆いている人からすれば


            前者の大資産家の人物を見て「不安など無いだろうなぁ」と思うはず


            処でそもそも「不安」とは、何なんだろう。


            心配したり、予期せぬ出来事に見舞われたり、不慮の病、事故・・・


            まだ、起こっていない事に思いを巡らせ、考え込んでしまう。


            全く、考えないのも問題だが、あまり詮索しすぎて、気分が


            滅入るのも、問題・・・・


     



いのち

2017年8月18日
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          もし、このような姿で人間が転がったいたなら・・・


          頭部は切断・手足に損傷甚大・踏みつけれられて痕跡あり


          もう、ゴシップ番組の軽薄な取材が殺到(苦笑)


          名前、住所など事細かに調べ上げ、知人にインタビュ-


          そこで、受け答えする自称知人?場合によっては、顔を写さず、


          音声も変えて(そこまでするなら、受け答えするなよ)


          「とても、温厚で、こんな事件に巻き込まれるなんて、信じられません」


          大抵、こんな当たり障りの無い答が返ってくる


          たまには「あんな奴、名前も聞きたくないし、顔も見たくない
                事件に巻き込まれて死亡?当然でしょう!」


         こんな、答を聞いた事は無い。


         ようは、大衆受けする、返答しか放送はしないのね。


         まぁ、そんな人間だった大騒ぎの出来事も、昆虫だと、微塵も問題に


         ならない。


         誰が、この昆虫を殺めても、罰は無し。


         ましてや、この昆虫の仲間が、寄って集って、「誰が殺した」


         「調べて犯人検挙」


         家族・知人・友人が大挙集まり、悲しみに暮れる。そんな事など


         絶対に有り得ない。


         ここで、思うのは人も昆虫にも「いのち」はある。


         だが、同じ「殺める」と言う行為で、そのもの「いのち」を絶やす行為が


         人ならば駄目で、昆虫ならば、駄目ではない。


         同じ「いのち」なのにね。


         更に言うならば、同じ人間でも「白」なら良いが「有色」は駄目


         有色は、劣り蔑む存在。そんな思想の人も存在する。


         同じ人間ですら、このような解釈をするのだから、取るに足りない昆虫


         「いのち」の存在すら、認められないのか・・・・   



郷愁

2017年8月17日
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          とある、情報筋から入手した情報を元に、探索・調査・・・・


         「石岡で非常に人気の、パンがあるらしい。其の名もケ-キパン」


         こんな情報を聞いては、確かめなければ


         盆休み某日に、調査


         場所は、石岡市府中で大通りなので、迷う事無く到着


         お店の佇まいは(画像撮り忘れ)まさに、郷愁漂う雰囲気


         (あたしも、郷愁を感じる年になったのね)


         屋号は「池田屋菓子舗」


         外見に負けず、内部も昭和の雰囲気満点~


         聞くと「この商品が、この店の稼ぎ頭」との事(笑)


         食してみると、今流行の、クリ-ム感では無くて、食べると「ジャリ」


         そんな食感。人によっては「砂利パン」と言う人も居るとか、居ないとか


         何か、ほっこりするお味で、まさに「パン屋の味」しかも値段も


         財布に優しく、庶民の味方。


         店主にお話しを伺うと「午前中は、品物有るけど、午後のなると品切れ
         が多くなり、夕方はほぼ品切れに・・・」


         付近に、高校があり、帰宅途中に小腹が減った学生が買い食いを


         そんな事を想像してしまう。


         そう、味の件だけど、「どこかで食べた味」そう思っていたら、思い出した


         学生(高校)時代の、学校に出入りしていた売店、そのパンの味だ。


         流石は、太古の昔(645年)大化の改新で常陸の国ができた時に


         国府が置かれて地域だけの事は、あるなぁ。


         こんな歴史的な観点からすれば、「土浦」「つくば市」等は、取るに足りない


         新興都市(苦笑)


         ましてや「牛久市?」石岡からすれば「何ですか?それは?」と


         一蹴されてしまう存在(大笑)


         ただ残念なのが、駅前通り。数件は古い建物が残り、風情を醸してるが


         所々に、無国籍な建物が、無秩序に建って、街並みの景観を損なってる。


         何度も言うが、ヨ-ロッパでは、考えられない行為


         ヨ-ロッパの街並みの景観が整ってるのに、比べれたら悲しくなる


         確かに税制面で大変。生活し難い。そんな面は否めないが、

 
         昔の姿の街並みが、通りを埋め尽くしていたら、それだけで観光資源に


         なって、多くの人を呼べるのに。


         なぜ、人が訪れるか?答えの一つは「そこにしかない物が有るから」


         何処にでも有るような、物には人は興味を示さない。


         「ここにしか存在しない」そんな希少性に人は引かれて、訪れるのでは


         無かろうか?


         持ってる、物はいい物が有るのになぁ~


         勿体無いぞ!石岡市。更に言うなら、そんな地域が沢山ある茨城県


         近々で、県知事選が有るけど、こんな事に目を向ける候補存在するか?


         「その意見良いね」と言う候補者だったら、あたしは間違えなく


         一票を投じるなぁ。


         ただし、選挙は「数の論理」で「多数が民意」(一概にはいえない面もあるが)


         こんな、あたしのような意見が多数になれば、それも「民意」となり


         候補者も、考えて梃入れしてくれるのに。


         ついつい「ケ-キパン」一つから、大それた意見になってしまった(大笑)


                
                 



かぼちゃ

2017年8月10日
かぼちゃ1





          かわいらしい名前とは裏腹に、恐ろしい殺戮兵器の実験弾


          「パンプキン=かぼちゃ」


          この形状から、こんな命名になった事は、容易に想像できる


          この実験弾。長崎に投下された、原爆と同じ大きさ。


          あまり知られていないけど、実験弾を使い、日本各所で


          実戦訓練を行った。


          何と、茨城県の日立市でも、このような投下訓練が行われ


          1945年7月26日に、 日立製作所山手工場の近く投下されて


          爆風で、一名が亡くなり十数名が負傷された。


          この模擬原爆投下実験は、日本各所で行われ、準備周到で


          長崎投下に備えたと言う事実。


          何とも恐ろしい所業。過去の歴史を知れば、あの状況で、核兵器の


          使用を行わなくても、日本を屈服させられたのでは?そうも思えるが


          当時の、国際情勢で「人類初の核兵器」の所有を内外に示し


          他国を牽制したいと、そんな思惑も見て取れる。


          そんな、ことに非戦闘員を、動物実験の如くされてしまった。


          使用したほうは、もっともらしい理屈を並べ、「使用止む無し」と


          言い続ける(そうせざるを得ない)


          気の毒なのは、何時の時代も末端の市民が犠牲になる


          争い事は、避けたい。その避けるための手立ては、色々あり


          「相手と同じだけの威力の兵器を所持し牽制する」


          「世界各国で、兵器を破棄する」


          後者の意見は、誠に玉虫色の素晴らしい見解で、究極の理想論


          ただ、現実社会は、そんなに甘くなく、どす黒く腹の腹の探りあいで


          だまし討ちなど、日常茶飯事。

 
          異論はあるかと思うが、あたしは「相手が持ってるなら、こちらも持つ」


          その事で、相手を牽制し対峙する。この方法が今現状では、最良かと思う。


          要するに、昔の「武士の刀」と同じで、武士が刀を所持してるから


          庶民は、迂闊に近寄らない。帯刀してる武士も、不測の事態には


          刀を抜き、武器として使用することも有りうる。


          そのような、人を殺めるだけの物であるから、帯刀するにあたり


          持つための、心構え・生き方など、自らに律し立ち振る舞う。


          そんな事を具現化したのが「武士道」ではなかろうか。


      


         


             


          



度量

2017年8月5日
度量1




               記念日大好き、日本人(苦笑)


               こんな記念日も、制定されていたんだ~


               古い職人さんに、聞いた話で、昔に「一切の尺目禁止」


               そんな、混乱をきたすような問題が発生して、現場は全て


               メ-トル法厳格使用が、行われた。


               確かに、国際的な観点から考えれば、諸外国に足並みを


               揃えるのが、正しい事だが、たかが建築現場。そこにまで


               厳格使用させ、違反者は、逮捕までするのは、如何なもの


               そんな、問題に最近鬼籍に入られた「永六輔」が問題提起を


               して「尺貫法復権運動」を起して、「尺目相当」の物差しが


               合法化した経緯がある。


               生真面目に、法律を制定したら、厳罰にする。


               確かに正しい事だが、それこそ、数百年間も、使っていた


               事を「はい、今日から駄目」と言われたら、現場は大混乱


               そんな事を言う、あたしだけど「現場では、尺」で言われないと


               分からない。


               日常生活では、完全にメ-ト感覚。


               知人に「不思議だ」と驚嘆されるが、自分でも不思議。


               大げさな言い回しだが、言語を複数駆使できる人の話だと


               「日本語は、日本語として理解し、英語は英語と理解する」


               例えれば「リンゴ=アップル」で変換するのでなく


               アップルと理解するらしい。


               あたしの度量も、それに近い感覚なのよね。  




右左

2017年8月4日
右左1





                営業職の某氏。


                書類にボールペンで記入の様子
 

                昨今は、強制的に利き腕を直さない風潮


                聞くと「小学校の頃に、矯正させたけど、駄目でした」


                文字は右で書く。そこには、「筆で文字を書く」その文化が


                多大に影響してるのでは、無かろうかと推測する

             
                筆文字は「留め・はね・はらい」などの要素で、文字を


                美しく見せる。


                その動作を行うのに、右で書く事を前提としてる。


                ただ、毛筆も少なくなり、ペンで書く事が大半となれば


                右で書く事は、不要。と思いきや・・・・・・


                「実は、ボールペンも右利きありきで、作られてるんです
                 内臓されてるボ-ルが、左で書いてると、インク切れを
                 起したり、不具合が有るんです」


                知らなかった。こんな小さな部品でも、右利きの想定で


                製造されてるなんてねぇ。


                個人的な意見だけど、左利きだと「賢そう」に見えてしまう


                そう思うのは、あたしだけ?      




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