ひとりごと



老いる

2019年4月14日
老いる1

 

 

         此方の女性。

         この画像だけを見たら、「誰?」と思うのがほとんどだろうと思う。

         ずばり当てられた人は、結構の洋画通とお見受けする

        そう、一斉を風靡した往年の大女優である「オ-ドリ-・ヘップバーン」

        オ-ドリ-と聞くと昨今では「笑われ芸人」のあの2人を連想しがちだが

         あんな、芸とも呼ぶに値しない人物たちが「オ-ドリ-」と名乗る事にには

         個人的に不快な感じを受けてしまう。

        まぁ、個人的意見はさて置き、この時の年齢がたぶん60代の半ば

        往年の近寄りがたいほどの美しさは、無いものの凛とした美がある。

        顔にはシワが刻まれ、肌の艶も無くなっているが、そんなものを

          隠す事無くさらけ出す。

        翻り、日本は「年を重ね、劣化する事に嫌悪感」を抱きすぎるのでは

        無かろうか。

        年を重ねた人物の若作りほど、醜いものは無いのでは無かろうか

        「実年齢よりも、若く見られたい」そのような傾向が多い

        要するに「経年劣化=悪いこと」と捉えがちではなかろうか

        人物に限らず、「物」にもこの傾向が見受けれれる

        茶道で有名な「千利休」は「枯れる良さ」に美を見出した

        生きとし生けるもの、全ては劣化する。止めようが無い、この摂理に

        反して枯れる事を否定し拒絶する事ほど、愚かで見苦しいのではなかろうか

         さて、話しを戻しオ-ドリ-・ヘップバーンは晩年にはユニセフの親善大使に

         任命され貧困に喘ぐ国に赴き、現地の人々に手を差し伸べた

        それがこの映像。全く老いた姿を隠す事無く曝け出す、そこには

        内からにじみ出る「真の美」が感じられる。

        方やわが国のユニセフ親善大使の人物・・・・

        ギネスにも登録される、トーク番組のあの女性

        個人的な見解だが、あの番組にでる容姿を受け入れ「美しい」とは

        到底思えないし、むしろ「見苦しい」姿に見えてしまう。

        私見で申し訳ないのだが、枯れる事に抵抗し真の美を放棄した

        そのようにしか見えない。

        「本物を知らない物は、偽物を見分ける事が出来ない」

        どんな事柄でも「本物・本質」に触れなくては(見なくて)駄目である。

    




実戦

2019年3月23日
実戦1

 

 

        日ごろの鍛錬の成果を発揮する場面に遭遇  

        果たして、実戦で何処まで通用する事か・・・・

        使う機会も、殆んど無かった道具だが「何時でも使用可能」

        多少の調整が必要だったが、実用で通用する程度の仕上がり

        本当、地味に練習していて良かったと思える瞬間かな

        大工仕事の基本中の基本である「研ぎ」これが今現代では

          おなざりになり、研ぎを必要とする作業は皆無

          このようになったのは、何故なのか?大工が「儲け」を優先にして

          手間の掛かる事を止めたから?

          施主側が、このような作業を有する(特に和室)を敬遠し求めなくなったから?

          この件に関しては、両者とも責任があると思う。

          でも、今回は非常に稀な機会で、このような作業をさせて頂く事に

          なったのは、誠に幸運以外の何ものでもない。

          ただただ感謝。この言葉以外に無い・・・・・




思い

2019年2月28日
思い1



          この時期になると、雑誌等でこのような企画が掲載される。


          学校の歴史の授業では「1936年(昭和11年)2月26日」これだけを


          覚える。要するに試験にでて正解をもらう為。本来「歴史」という科目は


          年号など、大まかに覚えていても問題なく、むしろ「なぜそのような経緯に至り


          どうして、このような事になったのか。その後にどのような影響を与えたのか」


          これが歴史と言う科目の本分なのに、試験では「年号」を覚え、正しく記憶して


          回答する事を求める。


          こうなると「歴史」という科目では無く「記憶の優越」を求める科目でしかない


          まぁ、日本の試験は往々にしてこの傾向であるのが現状。


          そんな世間を震撼させる事件だったが、この事件に「人間国宝」も参加


          していた。それが今は無き「5代目 柳家小さん」


          人間国宝と広く認識されてるが、正式な名称でないことに最近知った。


          正式には「重要無形文化財保持者」と言うのが正式な名称らしい。


          そんな小さん師匠、当時は21歳の青年で位は、二等兵。


          落語家になって3年目の頃だから、思うに見習いを終えて前座になった頃


          226事件の年に召集され、兵隊さんになって直に、この事件に参加。


          上官に言われるがままに、行動して警視庁を占拠。事前に計画も知らず


          歴史に残る事件の大きな渦に巻き込まれる事態になる。


          その後は、歴史を知る方々なら、お分かりだけど、叛乱軍になってしまい


          首謀者は刑を受ける。関わった連帯は、中国大陸の最前線に配置され


          非常に危険な地域に送られる。要するに「お仕置き」だ。


          自らが、行動を起し、お仕置きを受けるなら、仕方が無いが、上の命令で動き


          その行動の為に、末端まで仕置きを受ける。


          このような出来事は、時代が変わっても、同じ事。


          同じ事といえば、この事件が起きた時代背景と、現代が似いる点が有るのは


          否めない。


          それと、変わらないのが「事を成した後の無計画」


          この事件を首謀した人物達の思想は、理解でき共感できる点も、多少はあるが


          この計画が、もし完遂しても、その後計画は、ほぼほぼ白紙のような状態。


          「その時になれば、考える」この無責任さは、今の時代も目にする事がある。


          事に取り掛かるには、起承転結では無いが、結までを考えて事を成すのが


          正しい事かと思う。


          どうも、日本人の悪しき性格なのか「後は、後になって考える」そんな思考が


          多く見受けられる気がするのは、あたしだけだろうか? 


          



技術

2019年2月23日
技術1



         つい先日、商工会の工業部会にて、視察研修が執り行なわれ


         このような歴史的価値のある、車両が展示してある施設見学。


         Nの頭文字の自動車会社。最近ではトップが世間を賑わせてる会社と言えば


         皆さんご存知かと・・・・


         自動車業界、と言うよりも内燃機関産業も、「環境問題」で、殆んど西部劇の


         リンチの吊し上げ状態で、いかに「環境に負荷をかけないか」それが開発の


         目標になり「高馬力・高速走行」そんな性能は、二の次三の次・・・


         日本車が外国車に性能が太刀打ちできなかった、大昔は「追いつき追い越せ」が


         開発の至上命令(誤用で「至上命題」と言うが・・・)しゃにむに開発を行っていた


         そんな時代の車が一堂に並んだ施設の眺めは圧巻だった。


         車産業も生き残りをかけ、「環境に負荷をかけない」それが昨今の開発目標。


         しかししかし、この業界の涙ぐましい努力とは、裏腹に野放し状態の産業が


         「製鉄業界」との噂を耳にした。


         電力業界は「二酸化炭素を排出しない」そんな美辞麗句で原子力発電を


         推進したが、3.11で世間が「怪しい」と気がついてしまった。


         しかし、美味しい(儲かる)電力事業、既得権益を手にした者達は、容易く手放さない


         手を変え品を変え、何とか手放さない算段に、躍起になってる。


         と、電機業界は、小出しながらも暴露されてるが、「製鉄」業界の闇も深そう・・・・


         製鉄で排出される二酸化炭素の量は、車業界の量に比べると2009年度で


         約1.7倍。しかも殆んど排出時に、対策を行っていない。要するに垂れ流しの


         状態との噂だ。


         しかも、算出するものが「気体」で眼で確認出来ないから、一般人には


         「ピン」とこないのが困った。これが見た目で判別できる物質ならば、善悪の


         判断の出切るのだが。また「見えないもの(気体)」は学の無い一般人を


         煙に巻く為に、難しい言い回しや、算出方法を多用するから、なお厄介


         賢い方々等からすれば、学の無い庶民等は、赤子の手を捻るが如くだろう。


         無学・無知は不幸に成りかねない・・・・・
      


         


         



2019年1月16日
美1



         今更ながら、新年明けましておめでとう御座います。


         厳密言うならば、小正月(1月15日)までは正月と言う定義だから


         このフレ-ズは「使用可」だったが、本日からは「寒中見舞」と言うのが


         正しい言い回しとなるらしい。


         そんな新年にかけて、樹齢400年の盆栽が盗難被害にあった。


         その価格が数百万円(この言い方が非常に濁した言い回し・苦笑)


         所有者からすれば、「金額に表せない」と言うだろうが、世間的相場と言う意味で


         「あえて値段をつけるなら・・・」そんな事での、数百万円と言う値段を出したのだろう


         海外でも「盆栽」が流行りつつある(ヨ-ロッパ圏)やはり文化を大事にする地域は


         他国の文化にも理解を示す。


         確かに自然の物に人為的に手を加え、単なる樹木を「美」にまで昇華させる事は


         「美」になるだろう。


         しかし、ここまでの姿にするまでに時間で「400年」気が遠くなる時間である。


         その間には、どれだけの人の手が加わった事か、想像を絶する。


         そもそも「盆栽」とは何か?本来は自然の大木を縮尺し鉢植えして観賞する


         この粋な趣味。非常に時間を有する。まず、自然が相手なので、人の都合等は


         関係ない。日差しが強ければ対策をするしかない。普通の生活(仕事等)を


         営んでいる環境では、誠に行いにくい趣味である。


         余ほど、時間と財力に余裕が無いと出来ない趣味とも言えよう。


         逆説的に言うならば、世間に評価される盆栽を所有するという事は


         「私は、時間も財力もあります」と誇示してるように感じてしまう。


         要するに、他を投げ打っても取り組まないと、出来ない事。


         自分で出来なれば、頼み世話をしてもらい事は可能(金銭的な解決方法)


         金銭的に無理ならば、自らが行うしかない。そうなると今度は「時間的」な問題


         まともな生活を営んでいるなら、可能か不可能か。この事柄を指標で表すならば


         「不可能」のゾ-ンに指標を示すであろう。


         もう、こうなるとまともな社会生活を営むのは、破綻の道にまっしぐら~


         要するに、他人から「素晴らしい」と評価が上がるの比例して、実情の生活は


         犠牲にしていることが多いと推測する。


         それは、金銭的損失。時間的損失。


         維持管理するには、何を差し置いてでも優先しないと朽ちてしまう。


         「他を蔑ろにしでも、取り組まないと、美は完成しない」そのように言った人もいるが


         どうなんだろうか・・・・


         個人的な意見だが、本来は「自然界存在する樹木」を手元に届く位置での観賞


         この概念に無理があるのでは無かろうか。


         自然界の樹木が、人為的な行為(水かけ、枝の剪定等等)を行うのか?


         答えは「否」である。人的行為が行なわれないからこそ、人が「美」を見出す。


         それを、無理やり行なう行為が果たして「美」と呼べるのだろか?


         また、この「美」という概念も千差万別で「何をもって、美」と定義のか?


         更に言うなら、樹木に人と同じ「感情」なるものが存在するのであれば、


         自然界で根を張って、数百年も同じ所に存在して、過酷な環境に耐え、枝は曲がり


         歪な形に育ち、樹木は何と感じてることか?


         植物は光合成が成長に欠かせない仕組みなので、その光合成に欠かせない


         「光」である天に輝く太陽を目指のが摂理で、少しでも上に上にと育つはず。


         だからこそ「真っ直ぐに育つ」このことが樹木の正しい形体であるはず。


         それなのに、歪に成長した樹木。感情があるなら「まっぐに育ちたい」と思うはず。


         そんな、樹木からすれば「不幸な出来事」の環境で育ち、不本意な形状が


         「美しい」と言う人間の感性に同調して「珍なる樹木」が美に昇華してしまう。


         自然界は、人の力など作用する領域では無い領域。


         だからこそ、もっと畏敬の念で踏み込まなければならないのでは、無かろうか。  
        



一番

2018年12月12日
一番1




          今更かと思われるけど、日曜日は県政の選挙。


          当地は区割り変更で、2人の定員になり、無事に終わり


          現職の方、新人の方が当確。公約の通りに粉骨砕身に働いて頂きたい。


                    選挙前は「お願いします。お願いします」と我々有権者に連呼するが


          当選すると、こちらが『お願い』しても、聞いているのか、いないのか・・・・


          そんな選挙権、国民の三大権利。当然ながら三大義務も果たしてるのだから


          行使するのは当然だが、昨今は投票率が低い。これは由々しき問題


          「選挙に行かない事で、意志表示」と言う意見も耳にするが、それでは駄目


          行って、投票する事が大事。投票する人物がいないならば白票を投じる


          自分に自信があるのならば、自分の名前を記入するのも手だろう。


          多数の投票用紙の殆んどが「白票」もしくは関係の無い「個人名」になれば


          もしかしたら、選挙のあり方も変わるかもしれない。


          くれぐれも「棄権」は絶対に止めるべきだ。


          そんな投票。効率化のため「電子投票」も話題になるが、実現はいつの事か


          未だに古典的な手法の「紙と鉛筆」を用いて記入し、箱に入れ、終了後に


          人的手法で、数える。


          そんな投票方法だが、一番目に投票する人物は、確認の為に投票箱を


          確認する。


          そんな話しを聞いていたので、今回は一番の投票者の役目である、箱の中身を


          確認すべく、早くに投票所に行ったら、なんと一番!!


          定刻になり、関係者に促され箱の中身確認。こんなにまじまじと投票箱を見たのは


          生まれて初めてだろう。


          何も入っていないことを確認し、蓋を閉じ二箇所に南京錠で施錠


          その後、確認した事をサインする作業を行った。流石に捺印は無し


          噂に聞いていたが、自分で確認し一連の流れがよく分かった。


          この光景は、選挙のたびに毎回行われてるのだろ、もし電子投票に


          なったら、こんな光景もなくなるのだろう・・・・・


           


           



2018年12月6日
知1




        我が国の憲法では「教育を受けさせる義務」を明記してる。


        このことに関しては、何ら異存なく誠に素晴らしい事であり、資源が少ない


        日本などは「知」が資源になりうる。


        その根幹を為すのが公的教育の義務教育制度。


        それが、きちんと機能しているかと言えば、首を傾げるような状態。


        以前に、ヨ-ロッパ(フランス)に数年在住した方が、現地のフランス人に言われたの


        「何故に日本には、学習塾が存在するの?」と理解できない様子らしい


        「だって、公的教育だけでは進学が難しいから、塾に行かないと駄目なんだ」


        フランス人は益々理解不能な様子だったらしい。


        教育を受けるのは国民の三大権利の一つで「教育を受ける」と明記されてる


        その根幹の教育が、きちんと機能してるかと言えば、非常に危うい。


        そもそも、同じ年齢が、同地域と言う、条件で同じ学校に通い偶然に振り分けた


        クラスで同じ授業を受けるという仕組み。

     
        ひとクラスの30数名が、自分の選択でなく全くの偶然で一緒になり勉強する。


        30数名も居れば、その数だけの個性が有る訳で、教える側がそれに対応できるか


        大人しい子も居れば、そうで無い子もいる。


        一回で理解できる子もいれば、数回言わないと理解出来ない子。


        昔昔の日本の教育機関である私塾(上方では寺子屋・江戸では筆学所)での


        仕組みは、年齢で分けるのでは無く、各々の学力で学び、就学期間もはっきり


        決まっておらず、概ね9歳~11歳で始まり、13歳~18歳まで。


        卒業時期なども決まっていない。


        まぁ、今ならフリースクールのようなものだろう。


        出来る子、出来ない子。それを十把一絡げで学ばされる事に無理があり


        教える方も大変だし、教わる方も大変。出来る子は退屈で時間の無駄


        出来ない子は、出来ない事で劣等感に苛まれるかも。


        そこで、私的な意見だが、教室を「組ごと」と考えず、この教室は学力レベルで分ける


        例えば3年生。国語は異常に長けてるので5年生レベルの授業の教室に行って勉強する


        算数は、苦手だから2年の内容の教室に行き勉強。


        理解出来ないのに、どんどん進む授業。一度躓くと殆んど挽回できない積み重ね主義の


        勉強方法。折角我々の血税を投入して、次世代により良い教育を受けさせたいのに


        これでは、納税者として不本意。

     
        日本の「悪しき教育方法」の犠牲者は、我々の世代でもう十分でしょう。


        この先の世代には、真の学びの仕組みを提供し、日本で残る資源の「知」を


        世界に通用し、先頭に立つくらいの位置になってもらいたい。


        そのような用途に税金を使うなら、致し方が無い。


        そうそう、最後に一言だ


        先のフランス人が日本の学習塾を、「まるで闇教育機関」と言っていたらしい。


        まぁ、当たらずと雖も遠からず・・・・・
          



進歩

2018年12月5日
進歩1



          話題になってる(話題にしてる、と言ったほうが適切かも)テレビ放送の


          新しい技術である、4K8K


                   「画像が凄く鮮明なんです!」「この臨場感!」もう褒めちぎり


          それはそうだよな。自分のところで開発した技術だもの


          批評は、本来は何ら関わりの無い機関とか人物が判定するのが本当。


          これでは、今年の新語流行語にも出た「奈良判定」と同じ(笑)


          まぁ、開発した技術者の方々の努力は、評価に値するが、鮮明に映し出される


          肝心の番組の中身は、どうなのか?


          「偏った報道」「見るに値しない番組」そんな番組を鮮明に見て何の足しになるのか?


          民放にいたっては「スポンサ-様」の意向に反する番組報道はNG


          そんな「本当も言わなきゃ、嘘も言わない」そんな番組見ていても、


          百害有って一利も無い。時間の無駄。


          まぁ冷静に考えたら「タダで見られる」番組に期待する方が筋違いか(大笑)


          テレビと言う情報伝達媒体が、もう時代にそぐわない媒体になりつつあるのでは


          無かろうか。


          聴覚からの情報は、自分の中に取り入れ思考をする情報だが


          視覚からの情報は、さして思考もせずに、取り込みその情報が残りやすい


          思考もしない情報でも、残ってると「それは正しい事」と認識しがち。


          若い世代のテレビ離れ。と言うが若い世代ほど本質を見極めるのは鋭く


          そんな「虚偽に近い」物を遠ざけて居るのではなかろうか。


           



謙虚

2018年10月30日
謙虚1



         「人の言に耳を傾けない態度は、自ら求めて貧困にするようなものである」


         何とも、意味の深い言葉。この文は「松下電気」創業者でる松下幸之助の


         言葉。若い頃だったら、この言葉には、心は響かなかっただろう。


         齢を重ね、数々の社会経験をすると、とかく人は「知ったかぶり」をする。


         本当に、その物事に対して探求して本当の事を学び知っているならば


         いいのだが、そんな事は稀で有る。


         真実を知るとは、研鑽を積む事でもある。


         要するに、常に「学ぶ」この姿勢こそが大切である。とこの言葉は言いたいのでは


         無かろうかと推測する。


         仕事に対しても、常に学びの姿勢を怠らず、人がやってる事にも注意を払い


         観察し学ぶ。


         このことは、遊び的な要素の趣味の範疇でも当てはまる。


         なかなか上達しないとする。そこで悩み学ぶ。この学び方が重要で、

   
         色々と、見聞きする。ただ、ここが問題でその「見聞き」が真実なのか?


         その見極めが出来ないと、間違った事を覚えてしまう。


         更に、見聞きする姿勢も大切で「謙虚」な気持ち、これが大切。


         往々にして、物事の取り組み、上手くいかない人物を見ていると学び方も


         自己流で、人に聞くのも下手。そこに来て最悪なのは「自分が一番」と言わんばかりの


         傲慢に近い振る舞い、言動。


         そんな様子を見ていると「本当に凄いのなら、他の人が薫陶を受けに他の人物が


         寄って来るのでは?」そう思えてならない。


         要するに、単なる「独りよがり」でしかない。


         学ぶ事は、謙虚な姿勢で取り組み、正しい知識を吸収する事。


         そうしないと、単に時間を浪費するのみで、無駄である。   



ご注文

2018年10月23日
ご注文1




          二回目の「まちぜみ」も先週度土曜日に開催し無事終了~


          今回は講師が一人だったので、撮影が出来ず画像無し(泣)


          参加頂いた皆様のアンケ-トでは、概ね「満足」の評価を頂き、この場を借りて


          お礼を申し上げます。


          さらに、今回の講座は「サワムラ靴店」さんとの合同企画で参加者の


          皆様、サワムラ靴様には、お手数をおかけしました。


          いろいろ改善点もあった当ゼミでしたが、今回参加された方の友人かが


          「かっぱさんの下駄が欲しい」と依頼が舞い込みました。


          まさかまさかの展開に、戸惑いながらも製作して、サワムラ靴店に納め


          鼻緒を選んで頂き、鼻緒をすげてお渡しする運びとなりました。


          今回参加する時には「家のPRになれば・・・・」その程度の軽いノリだったのに

    
          商品が売れるとは、想像すらしていない事態なるとは。


          まぁ、本業の合間で造る物なので、大量に受注が舞い込んでも困る


          細々と注文を頂き、コツコツと造り喜んでいただければ、そんなスタンスで


          続けて行きたいと思います。


          此方を見て「欲しい」と言う奇特な方がいらっしゃいましたら、弊社もしくは


          「サワムラ靴店」までご注文下さい。







牛久市 リフォーム 鈴木工務店
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