思い



思い

2019年2月28日
思い1



          この時期になると、雑誌等でこのような企画が掲載される。


          学校の歴史の授業では「1936年(昭和11年)2月26日」これだけを


          覚える。要するに試験にでて正解をもらう為。本来「歴史」という科目は


          年号など、大まかに覚えていても問題なく、むしろ「なぜそのような経緯に至り


          どうして、このような事になったのか。その後にどのような影響を与えたのか」


          これが歴史と言う科目の本分なのに、試験では「年号」を覚え、正しく記憶して


          回答する事を求める。


          こうなると「歴史」という科目では無く「記憶の優越」を求める科目でしかない


          まぁ、日本の試験は往々にしてこの傾向であるのが現状。


          そんな世間を震撼させる事件だったが、この事件に「人間国宝」も参加


          していた。それが今は無き「5代目 柳家小さん」


          人間国宝と広く認識されてるが、正式な名称でないことに最近知った。


          正式には「重要無形文化財保持者」と言うのが正式な名称らしい。


          そんな小さん師匠、当時は21歳の青年で位は、二等兵。


          落語家になって3年目の頃だから、思うに見習いを終えて前座になった頃


          226事件の年に召集され、兵隊さんになって直に、この事件に参加。


          上官に言われるがままに、行動して警視庁を占拠。事前に計画も知らず


          歴史に残る事件の大きな渦に巻き込まれる事態になる。


          その後は、歴史を知る方々なら、お分かりだけど、叛乱軍になってしまい


          首謀者は刑を受ける。関わった連帯は、中国大陸の最前線に配置され


          非常に危険な地域に送られる。要するに「お仕置き」だ。


          自らが、行動を起し、お仕置きを受けるなら、仕方が無いが、上の命令で動き


          その行動の為に、末端まで仕置きを受ける。


          このような出来事は、時代が変わっても、同じ事。


          同じ事といえば、この事件が起きた時代背景と、現代が似いる点が有るのは


          否めない。


          それと、変わらないのが「事を成した後の無計画」


          この事件を首謀した人物達の思想は、理解でき共感できる点も、多少はあるが


          この計画が、もし完遂しても、その後計画は、ほぼほぼ白紙のような状態。


          「その時になれば、考える」この無責任さは、今の時代も目にする事がある。


          事に取り掛かるには、起承転結では無いが、結までを考えて事を成すのが


          正しい事かと思う。


          どうも、日本人の悪しき性格なのか「後は、後になって考える」そんな思考が


          多く見受けられる気がするのは、あたしだけだろうか? 


          








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