ひとりごと



お墨付き

2019年7月11日
お墨付き1

       

 

         ご覧になってる「鋏」

         玄人が仕事に使っていた鋏。

         この姿になる前は「もう切れなくなって何年も使用していない」

         そんな状態だった(研磨前の画像は、失念)

         全体的薄っすらと錆が出て、小刃も磨耗した状態

         たまたま、お伺いした時に「練習してみろ」と言うことで預かり磨ぐ事に・・

         包丁・鎌などは、そこそこに磨ぐ事が出来て、些かながら自信ありだけど

         鋏は、まだ・・・・・

         植木鋏、剪定鋏は、本職の造園屋さんに「合格」を戴いたので

         同じ鋏だから、基本的な事は同じだろう。分からない事は「ヤフ-君」や

         「グ-グル君」が教えてくれるから、何とか出来るだろう(笑)

         そんなこんなで、研ぎ上げてお持ちした映像がこちら

         テストはしたが、本職(布団屋さん)の使い方が、どのようなものか

         いまいち分からないので、目の前で使ってもらう事に

         「驚くほど切れる、家にある鋏の中で一番の切れ!」

         この台詞で、大いに自信が持てた。

         正直言って「磨ぎ」は10人居れば10通りの意見があり、各々の意見が違う

         だから、難しいのかもしれない。

         「どうすれば砥ぎが出来る様になりますか?」と聞かれる事があるが

         秘訣は「狂ったように砥ぐこと」それと「砥ぐ行為を好きになること」

         何事、上達の秘策は「その物事にのめり込む事」それしかない

         後は反復練習。1より2。2より4。4より8・・・・

         数をこなさない事には、上達なし!誰も最初は上手く出来ない

         好きで取り組めば、研究(勉強)もするし、作業しても苦痛(疲労)も感じにくい

         何事でも上達の秘策は「好きで取りくむ」それが、大切。

         と言うことで、刃物砥ぎの依頼も承りも行いますので、ご相談下さい

         お値段は、刃物の状態で違うので、現物を見てからの値段になります

         ぜひご用命の程を・・・・・

 




前世代

2019年6月29日
前世代1

 

             この映像、半世紀以上前のテレビ黎明期の番組

             「番頭はんと丁稚どん」

             あらすじは、江戸時代の商家を舞台にした人情喜劇

             今では、死語の「番頭」「丁稚」(丁稚は上方で関東は「小僧」)

             この仕組みが、今の時代からすれば信じられないような仕組みで

             丁稚は基本は「無給」10歳前後で住み込みで仕事をして、朝から晩まで

             ひたすら雑用。そんな期間を経て丁稚になる。

             今なら「無給で労働」なんて信じられない事だろうが、もし、江戸時代の人が

             この世の様を見たら、驚くだろう。

             「一人前の仕事も出来ないのに、お給金?信じられない!」

             そう思うだろうなぁ。

             いわゆる徒弟制度と言われる制度で、「悪しき制度」と認知されてるが

             この徒弟制度、技術職系には有効な制度で、技術伝承には必要と

             思える。

             新人(丁稚)で仕事を始める。まず何も出来ない。そうなると先輩の雑用

             雑用をこなしながら見聞きして、仕事を覚える。

             実際に作業をしても初めては、上手くできない事が大半

             むしろ、小僧にやらせるよりも、熟練者が行った方が効率も良く

             出来も良い。悲しいかなこれが現実。

             「仕事も出来ない」「出来ても効率が悪い」

             そんなのに、お給金を支払う。雇用者(親方)かさすれば、大きな損失。

             そう考えれば、丁稚は無給。強ち否定できない側面がある。

             このことを学校に例えよう

             義務教育が終われば、教育はお金の掛かるもの(金額の大小は有る)

             高校よりも更に高等な教育を学ぶと、それこそ高校の比では無いほど

             教育費が掛かる。

             この仕組みには、誰も疑問を感じずに「教育費」を出す。

             知識を教えてもらうことにお金を出す。誰も当然と思う。

             じゃあ、この仕組みを職人の世界に当てはめて考えるとどうだろうか?

             技術を親方から教わるのは、学校の授業(講義)に当たるだろう

             そう考えれば、教えてくれる人に謝礼を払うのは当然でしょう。

             そんな立場の関係なのに、「教える側が、教わる側に謝礼」と言う

             誠におかしな逆転の関係になってないか?

             なんでも習い事には「謝礼」が存在する。それが「飯の種」の技術を

             教わる事になると、逆に見習うが親方に手を出して「お金」を要求する。

             誠におかしな事ではなかろうか。

             まぁ、あくまでも極論なので・・・その点をご理解下さい。  




特技

2019年6月24日
特技1

 

             実は、今まで内緒にしていた事が・・・・

             今年になって行なってることがありました

             それは、これ!

             牛久市営青果市場にて、月に一回(第四日曜日)に行われる

             「とくとく市」に出品してます。

             「一体、何を?」「農作物でも栽培してるの?」

             実は、実は「刃物研ぎ」で出店してます

             今までも、友人知人の刃物を研ぎを行ってましたが、

             「包丁が切れなくて、困っていた」「研ぎをしてくれるところが無い」

             そんな声を聞き、それじゃ何処かでやってみるか!そんな軽い気持ちで

             牛久市営青果市場で出店~

             当然ながら、初回は研ぎの依頼は「無し」

             まぁ当然でしょう。事前告知してないんだから、誰も知らないよね。

             先ずは、周知してもらうのが目的で「チラシ」「実演」のみ

             2回目は、覚えてくれた人が包丁を持参し作業。

             殆んどの刃物に言えるのだが、刃物は悪くないのに研ぎが・・・・・

             ここでも聞くのが「自分で研げない」「研ぎを行ってくれる人が居ない」

             「料理は好きなんだけど、包丁切れないから出来ない」

             そんな意見も耳にした。

             よほどの痛みの無い包丁ならば、十数分で研ぎは終了

             試しに使ってもらうと、皆が驚きの表情をする。「こんなに切れるんですか?」

             「新品に戻った」「また料理します」

             概ね感謝の言葉を頂ける。そうなんだ、こんなあたしの技術でも役たつんだ

             気を良くして、包丁以外にも、鋏も研ぐ事に・・・

             剪定鋏・枝鋏に挑戦~本職(植木屋)に使っていただき、「合格」を頂き

             研ぎの、受付に加えました。

             只今、「裁ち鋏」の研ぎの連度を上げてる最中~

             自宅分の裁ち鋏は、使用可能域まで達しましたが、プロに使っていただき

             「合格」を戴いた折には、これま御報告し、研ぎの扱いに加えます。

             次回は7月の第四日曜日。よほどのことが無い限り出店予定です。 




長所短所

2019年6月20日
長所短所1

 

           

      甍(いらか)の波と雲の波
      重なる波の中空(なかぞら)を
      橘(たちばな)かおる朝風に
      高く泳ぐや、鯉のぼり

      今ではあまり耳にする事が少ない唱歌の「鯉のぼり」

      大正初期に文部省が採用し、広く知れる唱歌となった

      今となっては歌詞の言い回しが、なかなか理解し難い言い回しの感が有る。

      甍(いらか)など、まず今は言わない単語

      甍とは、瓦の事と説明しないと、理解できないであろう。

      その瓦。日本家屋の屋根材として昔昔から用いられ、多雨な日本の気候風土に

      対応した建築材。

      ただ、長所だけでなく短所もある。それがこの画像のような施工方法

      今では、このような施工方法は稀な施工法である「土葺き」

      瓦を並べるのに土を用いる。これでは屋根が重く外部から力(地震)は不利

      でも、多雨な気候では瓦屋根は非常に優れた素材である事は明白。

      更に施工方法も、このように土を用いずに施工するので、屋根に掛かる重量も

      軽減。更に揺れて落下するという短所も、改良され種類によっては、一枚一枚ごとに

      金物等で留める施工法もある。

      今回も日本海側の東北地方で大きな地震があり、「瓦が落下して・・・」と言う報道を

      聞くと、あたかも「瓦屋根が駄目」とでも言いたいかのような報道の仕方には

      疑問を感じてしまう。なぜそんなに瓦屋根を貶めるとも取れるような報道をするのか?

      そのようにすら感じてしまう。

      もう、こうなると他の屋根素材メーカーの見えざる圧力でも作用してるのではなかろうか?

      そんな事まで感じてしまう(苦笑)

      関西に本社がある、農業車両を製造する某社。一般の人は農業車両メ-カ-の認識が

      殆んどかと思うが、実は屋根材を製造販売していた。

      現在では、K社と家電最大手であるP社(以前はN)の住宅外装建材部門が統合し

      設立し今に至り、今でも「軽量屋根材」と言えば、こちらのメ-カ-のこの建材。

      統合した年月が2003年、ある問題が世間的に騒がれた時期と合うのは、何か意味が

      あるのだろうか?

      

 




操作方法

2019年6月18日
操作方法1

 

 

         池袋事件以来、何かと高齢者の運転が話題なる。

         まず、「何故、現行犯逮捕を行わなかったのか?」

         ネット等では「上級国民」と揶揄され、逮捕を間逃れたのでは?そんな実しやか

         話題も出てる。

         そもそも「逮捕」に関する定義、これを理解すると「逮捕=懲罰」では無いことを

         念頭に置くことが重要で、「逮捕しない=懲罰を免れる」では無いこと。

         では逮捕とは何ぞや?被疑者に証拠隠滅や逃亡をさせないための措置

         そう考えると「高齢者で、怪我をしてる」逃亡の恐れ無し。しかも入院して

         証拠隠滅の可能瀬は無い。そのように考慮すれば、逮捕は行わない。

         さらに、怪我人で高齢。もし逮捕して留置所で、体調を崩して何か有ったら

         今度は、警察が槍玉に・・・

         それなら、逮捕を行わない方が良いのでは?そのような思惑があったのでは

         ただ、その後の世間の意見が「他の事故では逮捕なのに、何故!」

         まさか、警視庁も「こんなに騒ぎになるとは、ならば逮捕しておけば・・・・」そのように

         思ってるかもしれない(高い確率で、的を得た意見)

         では、なぜ通常だと逮捕して身柄を拘留するか、先にも述べたが「証拠隠滅」

         「逃亡」の恐れがあるから、それと「容疑者の自殺」もある。罪悪感から自ら命を

         絶つ恐れがあるので、拘置したほうが安全。

         警視庁も、良かれと思った措置が完全に裏目に出た結果かも知れない。

         要するの、物事は「うわべ」だけを見るのでは無くて深読みして、裏を見ないと

         真相は分からないと言う事。

         そこで、今回の事故原因が、「高齢者の運転」が大きく取り上げれて、有名人でも

         「私も高齢者なので、免許返納します」そんな行為を目にする。

         そもそも、高齢者が、ATの運転に適応し難いのではなかろうか?

         以前は、「マニァル車」が大半であった時代に、操作ミスの暴走があっただろうか?

         クラッチ操作と言う行為が、暴走をさせていなかった。言い過ぎの感は有るが

         強ち嘘では無い。

         確かに快適に操作する。この事は非常に有意義で意味のあることだが、

         まさか、こんな事になるとは、開発側、使う側も想像していなかっただろうに・・・

         さて、技術的な側面から考察すると、電動化に舵を切った自動車業界。

         今更「クラッチ」という伝動装置を仕組みとして取り込めるのか?

         車の電動化が「AT」を前提とした仕組みなので、技術的は出来ない事は

         無いだろうが、時間と費用と能力は莫大に掛かる事は、容易に想像できる。

         我が家の近所に在住の人物。終世、車はマニアル車しか乗らなかった人物がいた。 

         その人物曰く「ATは誤操作の可能性があるから、マニアルなら誤操作しない」と

         自ら言ってマニアル車を選択。マニアル操作できなくなったら車の運転を辞める。

         そのように言って、車に乗っていた。ただ車選びには難儀していた。

         自分が欲しい車種に、マニアル車が無い。あっても納車に時間が掛かる。

         その人物曰く「困ったのは、修理の代車。マニアル車を代車で希望したら

         AT車のみで、マニアル車ありません。そう言われた時は困った」そう苦笑していた。

         「高齢者がマニアル車乗っても事故激減には、効果なし」そんな意見も耳にするが

         このような事例もあるので、一概に排除できる意見でも無い気がする。

         世間は「平均寿命世界一」と誇らしげに声を上げるが、長生きする事で、

         色々な弊害が出ることにも、もう少し目を向けて考えないと・・・・

         まだまだ問題山積~




絶対

2019年6月12日
絶対1

 

         コアな格闘技なら、ご存知の人物

         「熊殺しのウィリ‐・ウィリアムス」

         1970年代中盤、いまほど情報も無く、視覚の情報と言えば「テレビ」次が

         「映画」ぐらいで、今のようにスイッチをONにして、検索をかければ

         数多の情報を入手できる。ただしこの情報も玉石混淆・・・

         そんな情報が少ない頃に「熊殺し」の映像を見たときは、驚いた。

         人間が素手で猛獣の熊と戦う。

         今となっては、疑問を感じるような設定だが、当時は真剣に「凄い」と

         驚嘆したものだ。

         そんな屈強なウィリ‐も自然の摂理には、逆らう事が出来ず鬼籍に入った。

         古今東西、絶大な権力者でも、「生きる物」の摂理である「死」には

         逆らう事は不可能であった。死から逃れんが為に「不老不死」の秘薬を

         捜し求め服用したり、我が身をミイラにし、復活する為の施術を行ったりと

         死と言う絶対に訪れるものに対して「恐れおののく」  

         この「死」は、屈強な人物。絶対的な権力者。有り余るほど富を持つ人物。

         貧しき者。病弱な者。平等に訪れる

         ある時に、ある出来事で「絶対に大丈夫だから」と言ったら、有る人が

         「世の中には絶対は無い、絶対が当てはまるのは、生きる物が死を迎える事だけ」

         そんな台詞を言われた。その時は「そんなの屁理屈だ」を思ったが、

         最近になり、的を得た台詞かもと思える。

         絶対に破綻しないだろうと思えた企業が破綻したりとか、少し前ならばあり得ない事が

         色々と起こる。

         そんな社会情勢を鑑みると、軽々しく「絶対」とは言えないのかもと思える

         一般的に「絶対」と言うのは、単に可能性の数値が限りなく100%に近いだけで

         数値に表すならば「99.9999999999999999999999999999999999%」と

         言うだけで、100%では無い。100と99では、大きな差である

         まぁ「0(ゼロ)」と「1(イチ)」の差ほどでは無いが(このネタは、また改めて・・・)

         絶対と言う言葉だが「名詞・形容動詞」に使うなら、有りだろうが

         「副詞」だと、今回の理屈が当てはまるかもしれない。




規制

2019年6月6日
規制1

 

 

                      世界に冠たる自動車生産国の日本

                      良くも悪くも我が国の「基幹産業」には間違いない

                      昨今の貿易問題も、自動車が槍玉に上り何処を解決点に

                      するのだろか・・・・

                      そんな基幹産業にまで成長した自動車業界だが、遡る事

                      約半世紀前まで、この画像ボデ-カラ-は、一般車両には

                      使用禁止だったという事実。

                      この規制に噛み付いたのが自動車業界に最後に参入した

                      HONDA。当初は赤に近いオレンジだったが、当時の社長である

                      本田宗一郎が「もっと赤く(スカーレット)に」の一声で赤に決定

                      それからが大変で、運輸省と喧々諤々に。

                      一説には新聞コラムに「世界の一流国で国家が色を独占する

                       そんな例は聞いた事が無い!」と寄稿。他にも社員が足しげく

                       運輸省に赴き交渉した事は容易に想像できるが・・・

                       今では想像も出来ない出来事を、この車両を見ると感じてしまう




特殊形状

2019年6月1日
特殊形状1

 

      

      左の鑿が、一般的な形状

      右が特殊形状(通称・首長)の鑿

      一般的な作業なら、左の鑿で十分に用が足りるのだが・・・

      只今の作業では、難儀するので首長鑿を用いないと作業にならない

      しかし、新品は値段が張る。値段も問題だが、手に入りにくい。

      昨今では、この道具を使用する事が激減~

      そうなると、鍛冶屋さんも激減。家業を続けてる鍛冶屋さんも存在するが

      このような特殊な形状の物は、なかなか作らない傾向にある。

      値段も問題だが「今すぐに使いたい」そんな切羽詰まった状況

      そんな状況に、見えざる力が作用したのか、とあるフリ-マッケッと発見!

      一切迷い無く購入!急いで持ち帰り手入れ、手入れ

      作業を行う事半日。何とか実戦に使えるレベルに治す。後は使いながら

      研ぎ直しをしながら直ししかない(時間的な制約)

      テストで使うと、切れは悪くない、むしろ良い切れ

      実戦で使うと、驚くほどの切れ。あの値段でこの性能は、大当たりの品

      たぶん、今年の運をこの鑿で使い果たしてしまっただろう。そう思えるほどの

      大当たりの品物を引き当てた。

      5月も終わり、残り半分の一年。たぶん使い果たした「運」の残りかすで

      過ごす事になるのだろう・・・

      それ位に思えるほどの、掘り出し物だ

     




一般公開

2019年4月21日
一般公開1

 

 

        本日、つくば市にある「物質・材料研究機構」の一般公開の見学

        最近では「NIMS」と書いて英語読みをするらしい。

       個人的な見解だが、英語での表記や言い回しが多い

       公人の発言、ニュース等での解説者なる人物が英語の言い回しを

       する事が多く、意味が理解出来ない事が多々有る。

       単に、あたしが「無学」だからで、一般の方々は、この傾向に対応

       出来ていいるのだろう。

       そんな無学な人物でも、このような一般公開は「懇切丁寧」な説明で

       最先端の研究をまじかで見て、理解できる。

       中には、理解しがたく専門的過ぎることも,若干あった(苦笑)

       今回で3回目の見学だが、何回見ても飽きる事無い

       今思うに、中学、高校の理科・物理の授業をもっと理解していれば

       そのように想い後悔してしまう。

       本来は,楽しはずの化学・物理が学校教育の授業と言う名を纏うと

       非常に面白くなく、苦痛な時間なってしまう。

       この事は、他の教科でも同じであった。誠に残念だ・・・ 

        

        




老いる

2019年4月14日
老いる1

 

 

         此方の女性。

         この画像だけを見たら、「誰?」と思うのがほとんどだろうと思う。

         ずばり当てられた人は、結構の洋画通とお見受けする

        そう、一斉を風靡した往年の大女優である「オ-ドリ-・ヘップバーン」

        オ-ドリ-と聞くと昨今では「笑われ芸人」のあの2人を連想しがちだが

         あんな、芸とも呼ぶに値しない人物たちが「オ-ドリ-」と名乗る事にには

         個人的に不快な感じを受けてしまう。

        まぁ、個人的意見はさて置き、この時の年齢がたぶん60代の半ば

        往年の近寄りがたいほどの美しさは、無いものの凛とした美がある。

        顔にはシワが刻まれ、肌の艶も無くなっているが、そんなものを

          隠す事無くさらけ出す。

        翻り、日本は「年を重ね、劣化する事に嫌悪感」を抱きすぎるのでは

        無かろうか。

        年を重ねた人物の若作りほど、醜いものは無いのでは無かろうか

        「実年齢よりも、若く見られたい」そのような傾向が多い

        要するに「経年劣化=悪いこと」と捉えがちではなかろうか

        人物に限らず、「物」にもこの傾向が見受けれれる

        茶道で有名な「千利休」は「枯れる良さ」に美を見出した

        生きとし生けるもの、全ては劣化する。止めようが無い、この摂理に

        反して枯れる事を否定し拒絶する事ほど、愚かで見苦しいのではなかろうか

         さて、話しを戻しオ-ドリ-・ヘップバーンは晩年にはユニセフの親善大使に

         任命され貧困に喘ぐ国に赴き、現地の人々に手を差し伸べた

        それがこの映像。全く老いた姿を隠す事無く曝け出す、そこには

        内からにじみ出る「真の美」が感じられる。

        方やわが国のユニセフ親善大使の人物・・・・

        ギネスにも登録される、トーク番組のあの女性

        個人的な見解だが、あの番組にでる容姿を受け入れ「美しい」とは

        到底思えないし、むしろ「見苦しい」姿に見えてしまう。

        私見で申し訳ないのだが、枯れる事に抵抗し真の美を放棄した

        そのようにしか見えない。

        「本物を知らない物は、偽物を見分ける事が出来ない」

        どんな事柄でも「本物・本質」に触れなくては(見なくて)駄目である。

    





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